2011年9月4日日曜日

消えたトイレットペーパー

8月13日(土)
馬の糞を拾い集めた。
馬の糞を拾い集めるのは、ドラクエ以外では初めてや。

もちろん売るわけでなく、食べるわけでもなく、肥やしに使う為に集めた。
しかし、集めてきたはいいが、土とも、枯れ草や枯れ木とも混ぜへん、水もかけへん、放ったらかしで、ホンマに肥やしになるんかいな??



8月14日(日)
ここに来て初めての日曜日。
今日は仕事なんかどうなんか微妙やなあと思いながらも、一応仕事着で外に出てみた。

するとNuriaが、
「今日は休む? 働く?」
と聞いてきたので、
「休む」
と答えた。

やったぁ!

飲み水が無くなったので、井戸水を汲み上げる手伝いをした後、トルティーヤを買いに行った。

家を出てすぐに、ゆうきのチャリがパンクしてることに気づいたので、ゆうきを帰らせ1人で買いに行った。

初めてのおつかい。
Letras de negroって店までトルティーヤを1kg買いに行く。

だが、ただ単に1kg買うだけではない。
というのも、この町ではトルティーヤ1kg=10.5ペソ。

しかし、彼女から預かったのは10ペソ。
これでは50センターボ足りない。

じゃあ、一体どうすんねん?
つったら、
「1kg=10.5。
でも、私はいつも10しか払わない。
だからハル。一枚二枚減らされてもいいから、これで1kg買ってきてちょうだい」

なかなか難しいことをいうお人や。
スペイン語わからんって、何回ゆーたらわかるねんやろ。

まあ、でもやらなしゃあない。


チャリをこぐ事3分。
Letras de negro なる看板はどこにもなかったが、地元民に聞き、無事に目的のトルティーヤ屋さんに着いた。

「トルティーヤおくれ!」

「何キロ分?」

「1kg!…でも、10しかないねん」

「いいよ」

ちょっちビビッてたが、思ったより簡単に買えた。

ルンルン気分で家に向かってると、向かい側からゆうきちゃんが、チャリを引いてやってきた。

どうやらパンクではなく、空気がないだけやったみたい。

でも、空気入れ貸してと彼女に言ったら、
「お前がパンクさせたんかぁー!!」
と、凄いけんまくで怒鳴られたそうや。

パンクやないてわかったら、落ちついたみたいやが。

こないだはこないだで、ドアが開けっ放しってので、めちゃくちゃ怒られた。

鶏が入ったら部屋が荒らされると。

どうやら物が壊れるうんぬんに関して、彼女は非常に敏感なようや。

あと整理整頓に関しても。


下手したら食べ物の中に、馬糞でも入れられるかなぁと思てたが、なんとか平穏無事に朝食を済ます事が出来た。

機嫌悪いかなぁともおもたが、今日はここに来て一週間祝いってことで、朝からメスカルを呑ませてくれた。

ラッキー!

その後、近所の商店でビールを呑んでたら、地元民からメスカルをご馳走になった。

昼から呑んでる輩やから、たち悪いかなと思ったら、意外と紳士。
乾杯を交わしたあとは、まったくからんでこなかった。

かっこいー!!

時間はだらだらと流れ17時になり、Nuriaと共にとある場所へと向かうことに。

僕らが住んでる町から歩いて5分の隣町・LACHIGOLOーラチゴロー。

この町の外れに、60年前にNuriaの兄ちゃん・Robertoが植えた木がたくさん育った場所がある。

荒れ地の草をかき分け、今では使われていない線路を横切る。

彼女は言う。
「ヨーロッパにしても日本にしても鉄道が盛ん。
それは素晴らしいことだ。
それなのに何故、メキシコ人は線路を無くしたのか?
ロコ(狂ってんの)か?」

ホンマにこっちの人らってば口が悪い。
すぐにロコとかトント(阿呆)とかいう。
まあ、日本も変わらんか…。

線路を横切った先には、数百本の木がそびえたっていた。

60年前というと、1950年代。
まだまだエコなどとは無縁だった時代に、ロベルトはエコに生きるべきやと思い、この地にたくさんの木を植えたそうや。

めちゃくちゃキレイに木が生い茂ったこの地を、彼女は聖地と呼んでいる。

ここには兄ちゃんが生きていると。
だから兄ちゃんと話す間、2人はその辺でチュッチュッしといてと、放ったらかしにされた。


ここに2人で住んでいたのは二年間だけ。
電気も何もない中で、2人っきりで生活してたんやそうや。

きっとその時のことを思い出しながら、ロベルトと話してたんやろう。

その間、僕らは蚊と戦いながら、墓の周りをうろついていた。

ロベルトの墓ではない。
現在この土地の所有者であるイタリア人の、亡き奥さんの墓である。


彼女とロベルトの会話が終わり、インターネットの店を探しながらGUENDULAINーグエンヅラインーへと向かう。

しかし、日曜日ってこともあり、インターネットの店は全て閉まっていた。

ここから先、店はない。
このまままっすぐ帰るだけやなと思っていたら、途中でNuriaのバイクが止まった。

そして、1人の男性を紹介された。
名前はPato(パト)。

98歳になる母親・Maríaと共に暮らしている。

Nuriaを、
「Como Sócrates(コモ ソクラテス)ーソクラテスみたいやー」
と崇める彼に、ビールとこれまたメスカルをご馳走してもらった。

ほんまオアハカ人はメスカルが好きやなあ~。
そして強い!

8月12日もそやったが、今日にしても、メスカルをストレートでガバガバ呑んでいる。

メスカルといえば、まあ簡単にいえばテキーラみたいな物やおもてくれたらいい。
味は全然ちゃうけど、ハードリカーってことに変わりはない。

ウィスキーにしても、ジンにしてもハードリカーやろ。

味はちゃうけど、きっつい酒なんやから、そらまあちびちび呑むわけですわ。

それがオアハケーニョたちときたら、ストレートグラスに入れて二~三口でグイッと呑み干しちゃう。
ご丁寧にも片手には、チェイサー用の麦酒まで用意して。

昼夜お構いなしに呑む。
せやけどあんまり酔ってへん。
うん、強い!

ベラクルスではみんな、コーラかなんかで割ってたのに。

同じメキシコ内でもこうも違うもんなんやぁと、しみじみ思うわけですわ。

ホンマ地方によって、酒も食べ物もさまざまやわ。

ベラクルスっ子が、さとうきび焼酎”caña”なら、オアハカっ子は、アガべ(サボテン)焼酎”メスカル”。

チアパスにポッシュがあれば、他方にはプルケもある。

アメリカ近くではワインまで作ってるし、僕がいつか行きたいと思ってるチワワの方にも、オモロイ酒が潜んでそうや。

ペルー行ってピスコも呑んでみたいし、またベトナム行ってル・カンも呑みたい。

この世界には呑みたい酒がなんぼでもゴロゴロしとる。

しかし、その為にはやはりビザが必要かなぁ。
働きながら旅せんことにゃ、俺らの夢が終わっちまうぜ。



8月15日(月)
今日突然。
トイレットペーパーが新聞紙に変わっていた。

節約の為だろうか?

僕らが一週間そこそこで、2ロール使ってしまったことに対するお仕置きだろうか?

それとも、新しい紙を買うお金が切れたのか?

謎や。
もしかしたら買ってきた方がええんかな?

それとも、しばらくウンコ我慢した方がええんかな?



8月16日(火)
Nuriaからマッサージのお返しにと、お守りを2つもらった。

1つは、握りしめたコブシの形した、幸運を手中に治めるお守り。
そしてもう1つは、夢を叶えるターコイズ。

毎日必ず三食出してくれるから、そのお礼にと二回マッサージをしただけやのに、まさかお守りをくれるとは。

感謝感謝や。

ちなみにオアハカの町では、マッサージ・1時間250ペソ(約1800円)らしい。

僕ら2人で30分30ペソ(約200円)やのに。

いつかオアハカで荒稼ぎしたろか??


相変わらずトイレットペーパーは新聞紙のままやが、天気もいいので散歩した。
Lachigoloを超え、歩くこと1時間。
Tlacochahuayaートラコチャウアヤーという町の、有名っぽい教会に着いた。

が、時間も無かったし、教会内がアンティークな作りとも知らなかったので、スルーして帰って来てしまった。

またいずれ行こうと思う。

メルカド(市場)で飯も食えるらしいから、日曜日がいいやろう。

ビールやりながらが最高や!

そして、家にトイレットペーパーがあればもっと最高や!



8月17日(水)
今日はもう一個の家の掃除をした。
僕らがここに残るなら、住んでいいと言われている家。

Nuriaがカウチサーフィンで出会った日本人カップルと、中国人が1人、もうすぐやってくるらしい。

彼らが来たら、僕らはそこへ引越ししないといけないので、本日掃除することになった。

この家は部屋が2部屋あり、今住んでいる部屋より広い。
レンガ作りで暖かいし、離れにあるのでより自由。
だが、床が土。

改装途中に金が無くなった為に、床が土のままなのだ。

これでは掃除のしようがない。
掃くたび歩くたびにホコリは舞うし、ベッドの上以外では靴も脱げない。

それに、ここにあるシングルベッドで2人が寝るのはなかなかしんどい。
かなり小さいから。

床に一枚ゴザみたいなん敷いてるけど、すぐに土まみれなるし。

ここに僕ら2人と中国人1人の計3人が寝るってのは、なかなかキツイ話や。

それに、見ず知らずの中国人が2〜3日遊びに来てから帰った後、気がついたら部屋に置いてたトランクが、ジャンボ餃子に変わってたってのもよく聞く話。

名前もマギー・チェンって!

何やら怪しい匂いがプンプンや。
下手したらあの人の弟子やろ?

まあ、トランクの皮が餃子の皮に変わっただけなら、軽くなった分、持ち運びが便利やとしても、中身がニンニクと挽き肉になってしまったなら、
…白飯が食べたくなるがな。

でも、ここにはラー油がないから、なかなか食えん話や。
残念。

そんなこと考えてたら、チェンとの生活もなかなか面白そうな気がしてきた。

ならば日本人カップルだけ断ってチェンだけを呼び、僕らは今の部屋のままでいるのが最善策なんちゃう?

何故、後から来た日本人に、僕らの憩いの場を奪われなければならないのかが不思議やもん。

何も知らん日本人カップルが、
「わあっ。素敵な部屋やわぁ。
ベッドも広いし最高!」
なんつって、パンパンやらかし始めた日にゃあ、小便混じりの土団子でも口に詰め込んだろか!

まあ、居候やから文句は言えんが。

一日3時間働くだけで、三食宿付き。
水も電気も使い放題なんやから、文句は言えない。

でも、でもね。
日本人として生まれた僕にとって、床ってほんまに大事やねん。

裸足で歩きたいねん。
靴は家の中では脱ぎたいねん。
床にも座りたいし、寝転びたい。
ゴザの上を靴で歩かんといて欲しいねん。
せっかく掃除した床、平気で土足で上がりこむ人らの気持ち、まったく理解出来ひんねん。

だから、もう、カウチサーフィンで人呼ぶのはやめて欲しいなぁ~。

そうしてくれたら、無くなったトイレットペーパー。

いますぐに僕が買ってくるから。

それも4ロール入りね。

ヒッピーに捧ぐ

8月9日(火)
ファックの日に、ここでの初仕事が始まった。

とりあえず朝7時ぐらいに庭をうろついてたら、
「まだ寒いし、地面も濡れてるし、部屋の中にいときなさい。
仕事開始は8時か9時よ」
と、Nuriaさんに言われた。

確かに、昨夜降った雨のせいで地面は濡れてるし、とにかく寒い。
昼間の暑さがウソのように夜中も寒かった。

Lechuguillas出発前、一年五ヶ月間も伸ばした弁髪を遂に切り落とし、ほぼスキンに近い状態にまでカミソリで髪を剃った。


地球、愛、平和、自然、ガンジャ…
そうつぶやきながら、誰かさんのようにベランダから飛び降りてもよかったが、まだまだ僕の頭はイカれてないので無理や。

フライナ~ウ!
ノーセンキュー!

ファックミー! ファックミー!
はちきゅうはちきゅうアバンチュール!

しかし、つるつるの頭はスベスベしていてかなり気持ちいい。
ので、このままスキンを続けようかなぁと思ったが、激烈に寒いし、蚊にアホほど刺されるので、やっぱ伸ばそうと思う。

8時半ぐらいになり、まずは細かい板を道具倉庫にしまう。
袋2つ分なので5分程度で終わった。

その後、朝食。
お粥みたいなんとパン。
そして、コーヒー。

朝は毎日こんな感じやそうや。

朝食が済むと、ぬかるみの上に刈った雑草を敷く作業が始まった。

こうしないと歩きづらいし、雑草もアホほど生える為、上から雑草を敷いて道を作りがてら、新たな雑草の成長を妨げるみたいや。

その後、小さな川を作った。
雨水が木や土に流れていく為の川。
この土地は勾配があるので、基本的には外側から内側へと水が流れるが、よりよく流す為に作ることになったんやろう。

12時頃に仕事が終わる。
後はすべて自由な時間や。

15時か15時半の昼飯までは、シャワー浴びたり洗濯したり、部屋を掃除したり、好きなことをするための時間。

そして、昼飯後も好きなことをするための自由な時間。

20時前にカフェタイムをしたら、一日は終わる。

なんやかんやのんびりした時間が、ゆっくりと進んでる。

こんな感じでええんかなぁ?
と少し思うが、

「ここですることは仕事じゃないよ、遊びよ」

「急がずにゆっくりしよう」

と言ってくれるので、こんな感じでいいんやろう。

”Aquí,todo los días hay mañana”
( ここには毎日、明日がある)

今日出来なくても明日がある。

焦らなくていい。
少しずつ少しずつやっていけばいい。

作ること、食べること、考えること、休むこと。

そのすべてが生き物にとって必要なこと。

必要なことやからこそ、焦らずにゆっくりとやって行けばいい。

地球と一緒にゆっくりのんびり回っときゃええんや。

早く回るんはツイスト踊るときだけでいい。
キチガイみたいに、狂ったまま飛んできゃいい。


忙しく働かなければ、そないに腹も減らん。

少し動いて、少し食べて、たまに羽のばして。

急かせか働いて、稼いで、時間を無くして、心の余裕まで無くしてまう。
そんなようなことはしない。
それがここのスタイル。

なんせNuriaさんは、ここに暮らしてからは一切金を稼いでないらしい。

もう何十年も無収入で暮らしている。

1965年に兄ちゃんのRoberto(ロベルト)と30年間世界中をヒッチで回ったのちに、この土地に住み着いたらしい。

現在はお兄さんが亡くなっているので、1人で住んでいるが。

「ここは好きだから売らずに残そうと思ってる。
売ってしまうと、きっと家が建ち緑が無くなるから。
でも、私はそろそろ違う土地に住みたい。
だから、ここを管理してくれる人を探しているの。
管理人が見つかれば旅に出るつもりよ」
と、Nuriaさんは言う。

「もし2人がここに残ってくれるなら、自分たちの家にして住めばいいよ」
と。

今僕らは客間で寝泊まりしている。

ここには客間以外に、Nuriaの家、キッチン、便所、シャワールーム、修理途中のもう1つの家(ここがゆくゆくは僕らの家になる予定。残るならね)、そして、作りかけのキッチンとシャワールーム。

すべて離れにある。
これから二匹の鶏の為の鶏小屋も作る予定や。

そして、とにかく土地が広いので、作物を育てることも余裕で出来る。

今はNuriaさん1人やからなかなか手入れも大変やが、僕ら2人と、もう1組カップルが住めば、楽しくやって行けそうな気がする。

彼女自身はお金はいらないみたいやが、別に僕らが稼ぐことに関してはいいみたいやし。

なんせ手持ちの金も、貯金も少ししかないので、多少は稼がんとキツイ。

僕の考えでは、ここで育てた野菜を使って食の大半をまかない、余るようなら売るなり物々交換したりして、調味料や他の食材を手に入れりゃいいんちゃうかなと思う。

ビザがもらえりゃこそこそせずに、マッサージで少しずつ稼ぐのもいい。

言葉を覚えれば働きに出たり、営業かますことも出来る。

2人だけやと、1人が働きに出たらここを管理するのが1人になって大変やけど、4人おれば2人が狩りに出て、2人が家を守ればいい。

三人寄れば文殊の知恵なら、四人寄れば文殊の知恵以上のモンがわいてくるやろし。


う~ん、憧れの原始スタイル。
ウンバボー!

まだ来たばっかやから、どないなるかわからんが、僕らの約束の地がここであるならば、残りの人生、まだまだ現役ヒッピーのNuriaさんに捧ぐのもいいやろう。

Nuriaさんのカルマが旅をすることなら、Nuria&Robertoの思い出の地を守っていくことが僕らのカルマなんかもしれんし。

しかし、まあ、明日のことは明日にならにゃわからんけどね~。
なんせ、ここには毎日のように明日があるんやさかい。

”Aquí,todo los días hay mañana”
(アキー トード ロス ディアス アイ マニャーナ)

この言葉をヒッピーだけでなく、すべてのイカレポンチどもに捧げよう。

”ウィッピー! ワッパー!”
”ヒッピー!    ハッパー!”









お前のタクには死んでも乗らねぇ

タクシーと聞くと、あなたは何を思い浮かべますか?

リュック・ベッソンとやらが監督してる映画『TAXI』か?
それとも、ロバート・デニーロ主演の映画『タクシードライバー』か?
もしくわ、あのイキすぎたサービスがウリのMKタクシーか?

僕の場合タクシーで思い出すことといえば、泥酔しすぎて『京都・磔磔』から大阪までタクで帰って来て、諭吉一匹払わされたことや、
泥酔しすぎて行き先伝えずにタクで眠りこけ、西淀警察まで連れて行かれたことや、
これまた泥酔しすぎてあまりにも起きないので、自宅前に救急車呼ばれたことなど…

とにかくタクシーと聞くと、泥酔と思い浮かべてしまう。

タクの運ちゃんホンマにごめんなさい。


しかし、ここオアハカでは、タクシーと聞くと何人かは、
「8月12日!」
と答えるだろう…。

8月12日(金)
昼1時すぎ、グエンヅラインに唯一あるインターネットの店に行くと、停電のためパソコンが使用不可能だった。

「すぐに電気くるよ~」
と、おばちゃんが言うので、とりあえず暇潰しに町を探索することにした。

すると、探索するまでもなく、近所の広場でタクシードライバーたちが、酒盛りをしているのを発見した。

まずは軽く挨拶をして通りすぎたが、大量に用意されたビールとツマミが目に入ったので引き返し、チャリを停めてベンチに腰掛けた。

近すぎてもやらしいし、遠すぎても難しいので、10メートル行くか行かんかぐらいの距離にあるベンチに腰掛けた。

昼間っから仕事もせず、教会どころかポリ署まで隣接しているこの広場で、このオッサンどもは一体何のための酒盛りをしているのだろうか?

罰あたりもええとこやし、ゴビエルノ(政府)クソくらえで盛り上がってる。

そして、僕らは何を期待しているのだろうか?

「おい! チーノ!」
と、言われるであろうことか?

それとも、
「おい! 一緒に呑もうぜ!」
と、言われるであろうことか?

それはもう確実に後者であり、150%そうなることは確信している。

なんせ俺にはバッカスがついている!

ベンチに腰掛け明るい空の下、くだらない話を五分ほどしてたら、
「お~い!」
と、集団の中の1人が手招きしながら叫び始めた。

はいはいはいはい、よしよしきたきた!

ね?
やっぱり。

きたでしょコレ!
コレよコレ!

タダ麦酒。
かぁ~、たまらんね!

「え? 僕ら?」
なんて、わざとらしく一体何用?
みたいな感じで近づいていく。

すると来た!

「麦酒いるか?」
の一言。

きゃっほーい!
うーれしーいなぁ~!

すかさず笑顔で「はい」と答える。

しかも、2人ともが1番好きなVictoria(ビクトリア)。

ラリホー!

しかも、アガベ(サボテンの種類)から作られる蒸留酒・Mezcalまで提供してくれた。

あ~も~イク~!

この瞬間、頭の中で違う人種同士が性交をカマした!

これを世間一般ではチャンポンといい、僕・THEワールドではファッキンニューイヤーという。

たまに生み出された雑種が、ゲロと言う汚い名前で呼ばれることがあるが、ホンマのところはテロや。

テロ in the 便器。

しかし、それはホンマは夢という説もある。

まれに便器に虹が出る。
股間から雨にじみ出る。
肛門から膿にじみ寄る。
それ見て彼女逃げよる。
一夜を逃した切ない夜。
賢治宮沢銀河鉄道の夜。

 ああ、…星になりたい

まあ、とにかくただ酒呑めればなんでもいい。

でも、タクの運ちゃんと昼から呑むんは初めてや。

そもそも何でタクの運ちゃん達が昼間から仕事もせずに、酒を呑んでんねやろ?
日本ではあり得ないであろう光景。

だが、その謎はすぐに解けた。

「オアハカでは8月12日は、Día del taxi(ディア デル タクシー) ~タクシーの日~なのさ」

そう、今日はオアハカで働くタクの運ちゃん達にとって、とても大切な祝い日らしい。

11時にミサを終わらせたら、神様に感謝ってことで教会前で呑むそうや。

その後、少し働いたら、夜は夜でバカ騒ぎするらしい。

クルマのフロント部にも花飾って、まるで日本の正月みたいや。

そんなめでたい日に偶然出くわした、おめでた野郎ハポネッサ。

タクの運転まったく関係ない2人が、おこぼれで麦酒三本も四本もガバガバ呑む。
ついでにメスカルとツマミも。

何人かがほろ酔い状態で仕事に戻る。

僕らはも少しお酒をもらう。

ポリ署の真ん前で麦酒呑んで、そっから車に乗って仕事に出るタクの運ちゃんも、世界広しといえど、そうそうおらんやろう。

日本もそれぐらいのことやりゃええんや。

酒呑んでも平気で運転出来るぐらい、強いドライバーを育てあげるべきや!

罰金がどうのこうのやない。
すべては自己責任。

2〜30万払って勉強しても事故るやつは事故るし、メキシコみたいに一万払って免許買うだけの簡単システムでも、事故らんやつは事故らん。

そうだろベイべー!
わかってんのかいベイべー!

金さえ払えばノープロブレム的なシステムを作り上げてまうから、責任逃れがまかり通っちまう。

日本の腐った国道を、逃リズム共がビュンビュン走り回る。

怖いぜ。
これはとても怖いぜ。

赤ら顔で運転するこの町のタクの方が、よっぽど怖くないぜ。

でも、やっぱり飲酒運転はよくないぜ!

だから、お前のタクには死んでも乗らねえ~。

8月12日のオアハカタクシーには、死んでも乗らねえ。

ハイにはなりたいが、灰にはなりなくないからさ。

自由が炎上したら、この世にはもうな~んも残らへんで~。

パキュ~ン!






ヒッピーに捧ぐ

8月9日(火)
ファックの日に、ここでの初仕事が始まった。

とりあえず朝7時ぐらいに庭をうろついてたら、
「まだ寒いし、地面も濡れてるし、部屋の中にいときなさい。
仕事開始は8時か9時よ」
と、Nuriaさんに言われた。

確かに、昨夜降った雨のせいで地面は濡れてるし、とにかく寒い。
昼間の暑さがウソのように夜中も寒かった。

Lechuguillas出発前、一年五ヶ月間も伸ばした弁髪を遂に切り落とし、ほぼスキンに近い状態にまでカミソリで髪を剃った。


地球、愛、平和、自然、ガンジャ…
そうつぶやきながら、誰かさんのようにベランダから飛び降りてもよかったが、まだまだ僕の頭はイカれてないので無理や。

フライナ~ウ!
ノーセンキュー!

ファックミー! ファックミー!
はちきゅうはちきゅうアバンチュール!

しかし、つるつるの頭はスベスベしていてかなり気持ちいい。
ので、このままスキンを続けようかなぁと思ったが、激烈に寒いし、蚊にアホほど刺されるので、やっぱ伸ばそうと思う。

8時半ぐらいになり、まずは細かい板を道具倉庫にしまう。
袋2つ分なので5分程度で終わった。

その後、朝食。
お粥みたいなんとパン。
そして、コーヒー。

朝は毎日こんな感じやそうや。

朝食が済むと、ぬかるみの上に刈った雑草を敷く作業が始まった。

こうしないと歩きづらいし、雑草もアホほど生える為、上から雑草を敷いて道を作りがてら、新たな雑草の成長を妨げるみたいや。

その後、小さな川を作った。
雨水が木や土に流れていく為の川。
この土地は勾配があるので、基本的には外側から内側へと水が流れるが、よりよく流す為に作ることになったんやろう。

12時頃に仕事が終わる。
後はすべて自由な時間や。

15時か15時半の昼飯までは、シャワー浴びたり洗濯したり、部屋を掃除したり、好きなことをするための時間。

そして、昼飯後も好きなことをするための自由な時間。

20時前にカフェタイムをしたら、一日は終わる。

なんやかんやのんびりした時間が、ゆっくりと進んでる。

こんな感じでええんかなぁ?
と少し思うが、

「ここですることは仕事じゃないよ、遊びよ」

「急がずにゆっくりしよう」

と言ってくれるので、こんな感じでいいんやろう。

”Aquí,todo los días hay mañana”
( ここには毎日、明日がある)

今日出来なくても明日がある。

焦らなくていい。
少しずつ少しずつやっていけばいい。

作ること、食べること、考えること、休むこと。

そのすべてが生き物にとって必要なこと。

必要なことやからこそ、焦らずにゆっくりとやって行けばいい。

地球と一緒にゆっくりのんびり回っときゃええんや。

早く回るんはツイスト踊るときだけでいい。
キチガイみたいに、狂ったまま飛んできゃいい。


忙しく働かなければ、そないに腹も減らん。

少し動いて、少し食べて、たまに羽のばして。

急かせか働いて、稼いで、時間を無くして、心の余裕まで無くしてまう。
そんなようなことはしない。
それがここのスタイル。

なんせNuriaさんは、ここに暮らしてからは一切金を稼いでないらしい。

もう何十年も無収入で暮らしている。

1965年に兄ちゃんのRoberto(ロベルト)と30年間世界中をヒッチで回ったのちに、この土地に住み着いたらしい。

現在はお兄さんが亡くなっているので、1人で住んでいるが。

「ここは好きだから売らずに残そうと思ってる。
売ってしまうと、きっと家が建ち緑が無くなるから。
でも、私はそろそろ違う土地に住みたい。
だから、ここを管理してくれる人を探しているの。
管理人が見つかれば旅に出るつもりよ」
と、Nuriaさんは言う。

「もし2人がここに残ってくれるなら、自分たちの家にして住めばいいよ」
と。

今僕らは客間で寝泊まりしている。

ここには客間以外に、Nuriaの家、キッチン、便所、シャワールーム、修理途中のもう1つの家(ここがゆくゆくは僕らの家になる予定。残るならね)、そして、作りかけのキッチンとシャワールーム。

すべて離れにある。
これから二匹の鶏の為の鶏小屋も作る予定や。

そして、とにかく土地が広いので、作物を育てることも余裕で出来る。

今はNuriaさん1人やからなかなか手入れも大変やが、僕ら2人と、もう1組カップルが住めば、楽しくやって行けそうな気がする。

彼女自身はお金はいらないみたいやが、別に僕らが稼ぐことに関してはいいみたいやし。

なんせ手持ちの金も、貯金も少ししかないので、多少は稼がんとキツイ。

僕の考えでは、ここで育てた野菜を使って食の大半をまかない、余るようなら売るなり物々交換したりして、調味料や他の食材を手に入れりゃいいんちゃうかなと思う。

ビザがもらえりゃこそこそせずに、マッサージで少しずつ稼ぐのもいい。

言葉を覚えれば働きに出たり、営業かますことも出来る。

2人だけやと、1人が働きに出たらここを管理するのが1人になって大変やけど、4人おれば2人が狩りに出て、2人が家を守ればいい。

三人寄れば文殊の知恵なら、四人寄れば文殊の知恵以上のモンがわいてくるやろし。


う~ん、憧れの原始スタイル。
ウンバボー!

まだ来たばっかやから、どないなるかわからんが、僕らの約束の地がここであるならば、残りの人生、まだまだ現役ヒッピーのNuriaさんに捧ぐのもいいやろう。

Nuriaさんのカルマが旅をすることなら、Nuria&Robertoの思い出の地を守っていくことが僕らのカルマなんかもしれんし。

しかし、まあ、明日のことは明日にならにゃわからんけどね~。
なんせ、ここには毎日のように明日があるんやさかい。

”Aquí,todo los días hay mañana”
(アキー トード ロス ディアス アイ マニャーナ)

この言葉をヒッピーだけでなく、すべてのイカレポンチどもに捧げよう。

”ウィッピー! ワッパー!”
”ヒッピー!    ハッパー!”









2011年8月31日水曜日

オールド&ヒッピー

8月7日(日)
ついにレチュギージャスを後にした。
家族やボニー一家と再び会うことを約束。
ロマンとの別れ際泣きそうになり、呑んだくれフアンの涙目に感動し、結局ガウデの息子からマッサージ代30ペソを貰えぬまま、小汚いバスに乗りこんだ。

ベラクルスに到着すると、ボスの娘・ロシオと、その恋人ホルヘが待っていた。

グロリアの手作り料理である、モーレとミニージャを渡す為に待ち合わせしていたのだ。

荷物を渡した後、即座に別れを告げようとしたが、バスが当日の夜23時出発しかないということと、仕切りにロシオがバス出発まではどこに行くのかを聞いてくる為、結局ホテルには行かずにロシオの家で休憩することになった。


出発までの間に色々話していると、電話のかけ方を聞いたつもりが電話をかけて欲しいと伝わったのか、ロシオが携帯から次の行き先、Oaxacaにある、”El ranchito(エル ランチト)”の女主人・Nuria(ヌリア)に電話をかけてくれた。

ここに来て初めての、電話越しでのスペイン語での会話。

若干緊張したが、明日の朝6時半にオアハカの二等バスターミナル”AU”に到着することを伝えることが出来た。
彼女は8時に迎えに来てくれるという。

そして、電話越しの声から、ヌリアがお婆ちゃんであることが判明した。

僕は婆ちゃんっこやから、婆ちゃんが大好きや。

乳首の珍毛は数日前に無くなったが、運がやってきた予感。

次の農場では、なんとなく楽しくやっていけそうな気がした。

今回はWWOOFではなくイビキのうるさいホセからの紹介やし、一日三時間半の手伝いでいいみたいやし、カップルの為の部屋もあるってゆーてるし。

ただ、飯がついてるんかどうかだけが心配や。

まあ、無けりゃ無いで草でも食うか!

8月8日(月)
予定より約2時間遅れでオアハカに着いた。

言葉が通じてなかった為に、ヌリアを一等バスターミナルで三時間も待たせてしまった。

まあ、僕らは僕らで二等バスターミナルで二時間待ったが。

結局三人が出会えたのは朝の10時。

それからタクシーに乗って、グエンヅラインにある”El ranchito”を目指した。

にしてもNuriaってば、なんてヒッピーなんでしょう。

海外やパーティーなどで、よく見かけるヒッピーめいたのとも、ヒッピールックがお好きな若者とも違う。

ヒッピーであることを主張していないのに、ヒッピーであることがあからさまに解る。

とにかくオーラがヒッピーや。

この先、
「ヒッピーて一体なんなん?」
って聞かれたら、
「彼女や」
って答えることにしたいぐらいヒッピーや。

彼女自身もこう言っている。

「昔からずっとヒッピーやってきて、今はここに住んでるの。
あっ。ドラッグはやらないよ」。

今年68歳。

「子供が四人に孫もおるけど、みんなヨーロッパに住んでるし、知らん!
私はいま自由だ~!」

町からタクで約20分。
ランチョに到着すると、僕らの他には誰もいなかった。

どうやら僕らだけが手伝うらしい。
でも、まあとりあえず今日は仕事はナシ。

MEZCAL(メスカル)で乾杯し、明日から楽しくやって行こうぜ!
的な話をした。

とにかく朝3〜4時間働いたら、後は自由らしいし、飯も3食あるし、専用の部屋もめちゃくちゃキレイやし。

のんびりやって行こうと思う。

なんせ僕らは、自由で貧乏。
そして、彼女はオールド&ヒッピー!

怖いもんナシや!

メキシコ人はコロナが嫌い

とうとう8月に入った。
なんやかんや延びたが、8月7日(日)にこの町を出る。

ちなみに今は5日(金)。
出発は明後日。

先週に引き続き、マッサージが忙しい。

なんせ小さな田舎町。
日本人が出て行くということが、一瞬にして知れ渡る。

だから、ここぞとばかりにマッサージの依頼が殺到するし、
「家にご飯食べにおいでよ」
とのお誘いもちょこちょこ入る。

嬉しい限りや。

出て行くというとみんな、
「この町を嫌いになったの?」
と聞いてくるが、そうではない。

大好きやからこそ出て行くのだ。

このままあと二ヶ月も居候していては、逆に町の人らが僕らを嫌いになるやろう。

「ええかげん帰れよ」
と。

だがしかし、また帰ってくるつもりでおる。

町の人たちや、レオン一家やボニー一家にまた会いたい。

レオン一家にいたっては、家族扱いしてくれている。
だから僕も家族のように思っている。
”ファミリア エン メヒコ”!

そういや、最近仲良くなった、ロマンの娘の15añosにInvitación(インビタシオン:招待)されている。

メキシコでは15añosと言って、15歳になった女の子を盛大に祝う習慣がある。

成人式のように、ハタチになったチンコマンコを一斉に集めたはいいが、ロケット花火打ち上げられたり、しばかれたり、説教するつもりが、逆に絶叫する羽目になるような、アホアホパレードではない。

15歳の誕生日に、その女の子の為だけに、家族や友達、町の人たちが総出で祝う。

ドレス来て、タキシード姿の男のコにエスコートされ、ビール呑んで、ええ飯食って、踊り狂う。
まるで結婚式や!

まだ行ったことないので、ぜひ行きたい。

あっ。
男の15añoはないよ。
しょせんただの種馬や。



このまま行くと、またシモネタ系日記になってまいそうやので、ここらでキモチを切りかえるとしよう。

「メキシコのビールといえば?」
と日本人に尋ねると、大半が
「コロナ」
と答えるのではないだろうか?

コロナの瓶に差し込まれたライムを、人差し指で中に落としては乾杯する。

まあ、これが主流やろう。
僕も昔はよくわからないままに、こうして呑んでた。

でも、コロナはあまり好きやないので、ごくごくたまにね。

しかし、実際メキシコに来てみると、こんな飲み方してる人は1人も見たことがない。

こっちでは、cerveza(セルベッサ:麦酒)を注文すると、ライムと塩が皿にのっかって出てくる。

それを好みに合わせ、ライムを絞っていれたり、塩を瓶や缶、またはグラスの淵につけて呑む。

メキシコではそれが主流や。

でも、コロナは若干苦味があるせいか、まんまで呑んでる人の方が多い気がする。

それに、コロナよりSol(ソル)の方が人気がある。

きっと薄味のビールに、塩とライムがよく合うからやろう。
僕もソルの方が好きや。

でも、日本のビールはキリンがいい。
クラシックラガーの苦味が好きや。

昭和、大正、明治シリーズが売ってた日にゃ、大喜びで買い込む。
苦味とコクがたまらん。

が、この太陽の国で生活する男たちは、苦味があまり好きではないようや。
クッキーとかチョコミルクとか、甘いモン大好きやし。

だから、乳搾りの爺ちゃん・ロマンは、コロナが嫌いで呑まへんし、マルセリーノも、
「ソルとコロナ、どっちが好き?」
と聞いてくる。
「ソル」
と答えると大喜びやが、
「コロナ」
と答えた日にゃ、きっと手に持ったトンカチで頭カチ割られるやろう。

ロベルトに至っては、一度口に含んだコロナを、
「うわ、まずっ!」
と、店の真ん前で吐き捨て。

「こんなクソみたいなビール呑めるか!」
と、悪態をつくほどや。

もしかしたら日本に置いてあるコロナは、メキシコで売れ残った結果、シブシブ送られてきた物なのではないだろうか?

それも腐りかけ手前のコロナを。

そうやとしたら納得がいく。

メキシコで呑むコロナと、日本で呑むコロナとの味の違いに。

日本でコロナを呑むならば、”michelada”(ミチェラーダ:ビールにサルサやライムを入れた、バカうまカクテル)にするべきや。
味が誤魔化されるばかりか、めちゃウマやから。

日本に帰ったさいには、ぜひぜひ皆さん、合言葉”ミチェラーダ”で、乾杯でもしようではないか。

とびきりうまいミチェラーダを作りますよ。

だから、たくさんの発泡酒を用意しといてよ。

多分普通のビールじゃ、逆にまずくなるから、発泡酒あたりが最適やと思うし、日本じゃコロナは高いから、なかなか買えないし。

なんかむしょうにBARやりたくなってきた。

あ~おっ!

ー僕の好きなメキシコビールー
(メキシコに行くことがあれば、ぜひぜひ参考に)

ーリッター編ー
とにかく安く、量呑みたいなら、カグアマ!

Sol(ソル)…日本でも結構置いてる薄味セルベッサ。
ライムと塩を絞れば完璧すぎるほどにうまい!

脂っこい豚の頭肉のタコスを食べるときに、相性ピッタリじゃけん!
確か1180ml…23〜25ペソ。

Victoria(ビクトリア)…正味言うことなしの酒やね。
安いわ。コクあるわ。ミチェラーダにしてもうまいわ。
しょっぼいつまみとも合うわ。

この町にないのが残念なぐらいに、うますぎるセルベッサ。
確か1200ml…20ペソ。

Superior(スペリオル)…金はない。
でも呑みたい!
わがままいうならつまみも食べたい!
そんなときにはスペリオル。
若干薄すぎる味も塩とライムで気にしない気にしない。
酔ってしまえばこっちのもん!
確か945ml…15ペソ。

Indio(インディオ)…これがまたなかなか見んなぁおもたら、コンビニに大量に置いてあったりする。

ビクトリアにひけをとらへんコク。
そして男らしいボトルデザイン!

ああ、もう、今すぐ呑みたい!
サルサ舐めながら、夢見ながら!
確か1180ml…19ペソ。


ー高級小瓶編ー
うまいねんけど高いから。
どうせ呑むならこじゃれた酒場で、もひとつおまけに誰かのオゴリで。

Negra modelo(ネグラモデロ)…うまいね。うまい!
それしか言えんね。
つまみはいらん。逆に邪魔!

でも、ちょっと重いから一杯でいいし、小腹空いてる時に呑みたいね。
黄昏ながら。

Bohemia(ボエミア)…ネグラモデロを超えた極上セルベッサ。
週末や給料日に呑みたい男の酒。

メキシコ麦酒界のプレミアムモルツ!
でも、あのいや~なアロマはないからご心配なく。

自由奔放にチンポ丸出しで呑みたいね~ん!
ボヘミア~ン!

※共にオゴリで呑んでるから値段はわからん。
Lechuguillasの海沿いレストランでは、共に15ペソ。
でも、いつもニーチョのオゴリ。
Viva! Baco(バッカス)!















2011年8月30日火曜日

八月の迷走王

パパントラから帰ってきてからは、カルロスの手伝いやマッサージやらで、何やかんや忙しいまま一週間が過ぎた。

そして、とうとう運命の日がやって来た。

7月29日(金)。
朝食を食べているときに、ボスに言った。

「来週この町を出て行くよ」。

「何故?」

オアハカの農場を手伝う必要があるのだと説明すると、それならば仕方ないと納得してくれた。

が、ボスもグロリアも悲しんでいた。
正直僕もさびしい。

ボスやグロリア。そして、この町の人たちは、ホンマにやさしくしてくれるから。

でも、遅かれ早かれいつかは出て行かなあかん。

それが来週なんか来月なんかの違いなだけ。

それならば早い方がいい。
長くいればいるだけ辛くなる。

ベッドも相変わらず固いから、日に日に体にもガタがきてる。

人のマッサージをしてる場合ではないレベルに達している。

それに、八月に入ればより暑くなるやろう。

豚の臭いが増す前に、この小屋から出て行くのが得策や。

数日前に一匹売られていったとはいえ、まだまだ臭いの元は断ち切られてはいない。

それに、蚊の交尾を眺めるのにも、もう飽きた。
これほどまでに生命の誕生を呪ったことはない。

ボウフラだけは勘弁してくれ。


そして、忘れていたが僕は、タンポポ教の教祖。

新たな風に乗り、まだ見ぬ場所へふらりふらりと向かうのが、タンポポ教の基本的教え。

教祖がうっかり根付いてしまったならば、誰が悩める子羊たちを堕落した方向へと導くのだろう?

誰かが水を与えてくれることに慣れすぎていた。

水を与えられるのは、雨の日だけで十分や。

僕は丁寧に育てられるプランターではなく、放置プレイ大好きな雑草みたいなもんなんやから。

お世話されると萎えてしまうが、ほったらかされるとグングン成長しちゃうんだよ。

そんなもんだよ雑草わ。

そして、寝転ぶと意外と気持ちいんだよ雑草わ。

朝立ち・旅立ち・一人立ち…

ああ、ビザが欲しい。家が欲しい。職が欲しい。

正社員になりたいなんてワガママは言わないよ。

だけど、だけども、ある程度の収入は欲しいなぁ。

昨日はマッサージで350ペソと、リッタービールを3本稼いだ。

これが毎日でもあればかなりの高級取りやが、たま~にしかないんやもんなぁ。

都会ならもっと稼げるんやろうけど、なんせ労働ビザはない。

だから、無資格闇マッサージ師は、田舎の小さな豚くさい小屋で、こそこそと稼ぐしかない。

ゴビエルノ(政府)にバレないように。

なんせこの国のゴビエルノとポリはイカれてるらしいから、見つかると何されるかわからん。

まあ、大阪のポリもたいがいイカれてるが。

たまに信号待ちで隣にチャリポリが止まり、思わず、
「あっ! ポリや!」
と言ってしまうことがある。

するとポリは、
「誰がポリや!」
と、頭をはたいてくる。

なんでやねん?

誰がポリやて、あんたがポリや。
あんたがポリやなくて、誰がポリやねん。

ご丁寧に背中にポリスとまで書いてるくせに、自分がポリやということを理解していない。

きっと自分のことを、犬やとでもおもてるんやろう。

金さえ払えば犯罪を見て見ぬフリするこの国のポリと、自分のことを犬やと思っている大阪のアニマルポリスメンと、一体どっちがイカれポンチなんやろう??

まあ、そんなことはどうでもいいか。

1番の問題は、俺たちに明日があるのか無いのかや。

まあ、明日ぐらいはあるとして、

「…未来、あるのかな?」


















パパントラ? or パンパントラ?

7月20日(水)
前日に叫びすぎたせいか、裸でワイン呑んでたせいか、風邪をこじらせ寝込んでしまった。

熱も出てかなりしんどい。

それでも、ハニーのバースデー祝い in メヒコ。

せめてもと思い、残りのワインと、テキーラ NEW ボトルを開けて乾杯した。

2人がテキーラを好きになるきっかけとなった、"Real Haciendaーレアル アシエンダー"
という名前のやつをやっつけた。

寝て呑んで食べて、また寝てを繰り返すうちに、あっという間に夜になり床に入るが、外を走る車の音がうるさくて、まったく眠れない。

それに、宿の人間がドアをバンバン開け閉めする音を聞くたびに、イライラする。

客がおることを忘れているのか、夜中になっても話声とシャッターを開け閉めするガラガラガラ~という音が何度も何度も鳴り響く。

そういや昨晩もそやった。

何故や?
普通宿の人間も夜中には寝るやろう?

一体何をしてこんな遅くまで起きてるんや?

僕ら以外にも子連れの夫婦が一組泊まってるんやから、気を使いなさいよと言いたい。

そんな感じで眠れないまま、夜中の2時か3時をまわった頃、廊下から女性のわめき声が聞こえてきた。

「あ~」

一瞬、なにか事件でも起きたのか?
と驚いたが、よく聞くと何のこっちゃない、ただの夜のルチャ・リブレ(プロレス)や。

「あ~! あ~! お~いぇ~! ああ~!」

何度も何度も女は喘ぐ。

こんな夜中に。
こんな大声で。

恥ずかしくはないのだろうか?

他に客が泊まってることを知らないのだろうか?

それとも羞恥プレイか?

ここまでされたら笑うしかない。

深夜の廊下でパンパンパンパン‥
パパントラ。
いや、パンパントラ。

これはもう尊敬に値する行為。
しょせん男と女はチンコとマンコ。
アダムとイヴの真の名前も、チンコとマンコやろう。

すべての始まりはファックでしかないんやから。

しかし、ここで疑問が1つ。
一体やってるのは誰なんやろう?

宿屋の夫婦か?

それとも息子が彼女とやってんのか?

まさか、もう一組の夫婦ではあるまい。
ガキ連れなんやし。

しかし、なんぼなんでも宿の人間が、大声でおっぱじめたりはしないやろう。

しかも廊下で。


そこで僕は考えた。

1.深夜になっても人の話声がちょこちょこする。

2.誰かしらが出入りしている雰囲気が漂っている。

3.宿の名前が”Mesón del conejoーメソン デル コネホー”
(うさぎちゃんの宿)である。

これから推測するに、この宿は売春婦御用達の宿なんだろうと。

ならば、すべてにおいて納得がいく。

シャッターの音も、人の話声も、廊下での1ラウンドK.Oも。

きっと、酒に酔ったちょい悪オヤジが女口説いて、イタズラに廊下でおっぱじめたんやろう。

宿の人間も、ちょっぴり困り顔で苦笑いしてたんではなかろうか?

それにしても、あの狭い廊下で、どんな体位でリブレしてたんやろう?

バック?
駅弁?
正常位?

それとも、ミルマスカラスもビックリな体位で、この酔いどれルチャドールは、猛攻撃をかましていたのだろうか?

見たわけじゃないので答えは風の中。

ただ言えるのは、フィニッシュ決めた後の女のクシャミ1つで、男のナニは瞬時に萎えたであろうことだけ。

そして、僕は心の中で、
(Salud-サルー-(お大事に))
と言ってあげた。

今後、うさちゃんの宿なる名前のついたホテルには、何があっても泊まるまい。

僕は特にプロレスが好きなわけじゃないから。

リングの上にしてもベッドの上にしても、所詮ショーの方が盛り上がるんやろう?

チンコは使ってもガチンコではあるまい。

まあ、それでも三こすり半劇場よりは、ショービジネスか?

さよなら岩谷テンホー!
さよならパパントラ!
さよならうさぎちゃん!





場末の酒場でツイスト&シャウト!

lechuguillasを離れ、Papantla(パパんトラ)っつう観光地にやって来た。

仕事ではなく、たんなる息抜きに。
ハニーの誕生日祝いをするにも、豚小屋の隣りの小屋では格好もつかんしね。

7月19日(火)
町からタクシーで15分ぐらい走った所にある、『El tajin-エルタヒン-』という、有名な遺跡に向かった。

ボス情報では、町→遺跡=1人20ペソとのことだったので、1人15ペソのタクシーの方が安いはず。

だが、ボス情報は意外と間違ってることが多いので、もしかしたらもしかするかもしれない。

考えんとこう。

初のエルタヒン。
森林に囲まれた平地に、ピラミッドが数個立ち並ぶ。

遺跡マニアの僕がこの遺跡を批評するとすれば、まちゃあき風に言えば、
星1つ!!!!!

数は多いが、何か決めてにかける。

これといって見所がない。

有名なわりには意外としょぼい。
51ペソもするのに。

ただ、遺跡の隅を流れる小川が、キレイやったから良しとしよう。

そして、遺跡前でやってるこれまた有名な催し物を見る。

ボラドレスと呼ばれる催し物。

伝統衣装に身を包んだオヤジたちが、笛吹きながらポールの周りを儀式的ダンスしながら回る。

めちゃくちゃだるそうに踊る。

きっともう、同じ踊りを踊ることに疲れたんやろう。

毎日毎日繰り返す、同じ踊りを踊ることに飽きた中年男性。

そんな彼の気持ちを、心から理解したいとは思わない。

なんせこっちは、1人20ペソも払ってるんやから。

勝手に"およげたい焼きくん"でも聴いときゃいいがな。

仕事や仕事! ちゃんと踊らんかいな!

踊りが終わると、1人1人順番に、ポールを登って行く。

ポールの高さは30〜40メートルぐらいや思う。

てっぺんに四人登り終えると、ロープをぐるぐるポールに巻きつける。

そして、コマのようにポールを回し、その動きを利用して逆さ吊りになったオヤジたちが、ポールの周りを回りながら降りてくる。

一本のロープが命綱。

ちぎれたら、脳天かち割れて死んぢまうやろう。

太っちょのおっちゃんが1人、腰に巻きつけたロープと、ズボンのゴムが緩んで落ちそうになっていた。

落ちまい落ちまいと、腰のロープとズボンを必死に押さえつける姿は、決して美しいとは言えなかった。

きっと太りすぎているために、肉圧でロープもゴムもしっかりと締まらんのやろう。

仲間のうちの誰かが注意すべきや。
「飛べない豚はただの豚だ!」
と。

一通り見終わり、
「ここから町までは70ペソや」
と、観光客をぼったくろうとするタクシーをパスし、行きと同じ1人15ペソのタクで町に帰ってくると、同じ催し物が教会前で無料でやっていた。

しかも、みんな痩せていて動きがテキパキや。

わちゃあ!

そういえばここに来る前にボスが、
「Papantlaは小さい町やから何もないで」
と言った。

が、実際来てみると、レチュギージャスどころか、カランサよりもデカイではないか。
ホテルにWi-Fiもあるし。

しかし、たしかに何もないっちゃあ何もない。

でもそれは一部の人間からしたらの話で、物欲でなく酒欲の多い僕らからしたら、何もないことはない。

どこの町にもきっとそれはあるはず。

‥イカれた奴らが溜まる場所。

‥とびきり安く酔える場所。

そう、それはカンティーナ(酒場)。

僕らが歩くのは、いつだってティンゴン(最高)なカンティーナを探す為や。

トボトボと町を歩くこと数分。

やはりあった!

一瞬、扉が開いたのを見逃さなかった。

看板すら無い怪しげな扉のむこうには、数人の人影が見えた。

まだ4時すぎやいうのに、仕事もせずに酒を組み交わしているんやろう。

すてきや!
素敵すぎる!

これはすぐさま行かなければならない。

酒場の向かい側でビラを配る兄さんに、安いかどうか尋ねる。

これが1番大事。

すると安いとは答えたが、後ろにいたお姉さんが微妙な顔をした。

この微妙な顔は、
「えっ。安いかぁ?」
の顔ではなく、
「安いけどヤバイんちゃう?」
の方の顔やった。

ボラーチャ(酔っ払い)共がたむろしている臭いがプンプンや。

期待に胸膨らませ、重たい酒場の扉を開けた。


薄暗い店内。
ポツリポツリと現地人が、イスに腰掛けビールを呑んでいる。

西部劇に出てきそうな作りのバー。
なのに、この雰囲気にまったく似つかわしくない、シンセサイザーによる生演奏が行なわれていた。

よそ者の東洋人を見つめる冷たい視線。

いつもなら明るいメキシカンが1人か2人、
「へい! ハポネス? チーノ?
サル~!」
と、声をかけてくるはずなのに、今日に感しては、今すぐ帰りなさい的な雰囲気が流れている気がした。

しかし、ここで帰ってはダサい。
ダサすぎる。

が、いちおう隅っこの方のテーブルを選び腰掛けた。

カウンターに腰掛け、
「アイスミルクをくれ」
と注文してもよかったのだが、犬みたいな顔をした奴に、
「よそ者は帰りな」
と言われるのも嫌やし、左腕のサイコガンはとうの昔に無くしてしまっている。

だから、安全策として隅を選んだのだ。

カグアマ・ビクトリアを注文し、2人で乾杯!

メキシコ時間では19日だが、日本では20日の朝6時。

ハニーのバースデーを祝うには、なかなかこじゃれすぎた場所だ。
ここは。

愛想悪い店員が、客の席に着き酒を呑む。

負けじと売春婦も男性客の横に着き、ミニスカートからハミ出たボンレスハムを、右へ左へ大忙し。

ハムの人・別所さんでもこんなに忙しくはないだろう。

さっきのお姉さんの微妙な顔は、こーゆーことを思ってのことやったんやろう。

確かにカップルで入る店にしては、少々似つかわしくない。

ここは早々に、とりあえずもう1本だけ呑んだら出よう!

なんて考えてたら、ちょっぴりイカついオッちゃんと目があったので、かるくあいさつした。

すると、オッちゃんが、なんか手振りで伝えてきた。

店内がうるさいので聞こえないが、何を伝えようとしているのか、瞬時に理解した。

そう、
これは、
いつもの、
お決まりの、
貰いコジキの、
とてもうれしい、
It's a ショータイム!

た・だ・ざ・け!

キンキンに冷えた、新しいリッター瓶がテーブルの上に運ばれてくる。

イェ~イ!

貰いコジキ歴・30年。

子供の頃と違い、今では働けば金を稼げる大人。

好きな服も買えれば、好きなバーに行くことも出来る。

やのになんでやろ?
おごってもらえる瞬間て、なんでこんなにもうれしいんやろう。

嫌なことも何もかも忘れ、うれしさを噛み締めることが出来る。

そして、今、口に含んだこの黄金色した液体が、世界で1番うまい呑み物なのだ。


新たにもう1本おごってもらう。
と、同時にオッちゃんが相席することに。

顔は怖いが、やさしく無口なセニョールが、腰掛けてまもなく口を開いた。

「俺は1985年に韓国に行ったんだよ。
だから、お前たちに酒をお・ご・る・の・さ」。

僕は思った。
日本人であることは隠そうと。

これは、日本人であることがバレた瞬間に、運ばれてくるビールがストップすることを嘆き悲しむのが嫌やという、やらしい
気持ちではない。

日本人であることがバレた瞬間に、発狂したメキシカンにしばかれることを恐れるあまりの、安全策や。

が、しかし。
ゆうきちゃんに聞くと、もうすでに日本人であることは伝えているらしい。

ということは、予想するにこのオッちゃんは昔、韓国で誰かしらに世話になったから、同じ東洋人であるハポネスに、お返しをしよう。
と、いうのではないだろうか。

なんというラッキー。
VIVA 韓国!
VIVA メヒコ!

そして、VIVA ハポン!

ツマミ売りのにいちゃんが売りに来た、イカの酢漬けを肴に酒がすすむ。

幸せやなぁ~!
夢心地。

が、貰いコジキ学でいうと、幸せは長くは続かない。
夢心地のまま終わるには、何事も潮時が肝心。

それに呑みすぎると肝腎をいわす。

だから、そろそろ席を立ち帰ろうとするのだが、
「えっ。もう行くの?
もう一本おごるから、まだ呑もうよ」。

この言葉を聞くと、頭ではわかっていても、体が勝手に反応し、再び席についてしまう。

悲しいかなパブロフの犬。
いや、ただの駄犬か?

日本人がこの店に来たんは初めてやということもあってか、オッちゃんのテンションは上がり、結局おごりでリッター瓶が5〜6本空き、腹はパンパン。

ビールは好きやがビール党ではないので、そんなに量は呑めない2人。

若干吐きそうやし、そろそろホンマに帰らんと、誰かしらが不幸になるってときに、救いの神がやってきた。

シンセサイザーの兄ちゃんや。

何か一曲演奏してくれるみたい。

これは、
「ええ演奏だったよ。ありがとう!」
と言って、この場から切り良く帰れるチャンス。

「メキシコの音楽は好きかい?」

「好きやで」

「どんなジャンルが好き?」

ここで悩んだ。

町中を流れるメキシカンミュージック。
この国の雰囲気に合ってて好きやが、ジャンルと聞かれるとわからない。

日本にいても、エイトビートがなんなのかよくわからない僕。

遠く離れたこの国の音楽のジャンルなど、わかるはずもない。

が、ここで何かしら答えないと、帰ることは出来ないどころか、
「日本人はメキシコが嫌いなのか?」
と、ボコられる恐れすらある。

ヤバイ!
どうしよう!

そこでとっさに出て来たのは、やはりこれ。

僕らの合言葉。

「ロッカンロール!!」
(メキシコではロックンロールでなく、ロッカンロール)

すると兄ちゃん。
立ち尽くし考えこむ。

(さすがに無理か…)

そう思った瞬間、彼は静かに歩き出し、シンセサイザーの前に立つと、
「へーい、みんな~。
今からハポネスのために、ロッカンロールをやるぜ!
ツイストしやがれ、こん畜生!」
的なマイクパフォーマンスをした。

そして、
まさかの、
シンセサイザーによるロッカンロール生演奏が始まった。

誰の何ていう歌か忘れたが、聴いたことのある有名なロッカンロール。
を、兄ちゃんはスペイン語で歌ってる!

何や兄ちゃん、ロッカンロール好きなんやん。

この薄暗い酒場の中を、ロッカンロールが響き渡る。

すると、冴えない顔した酔いどれ共と、冷めた面した店員たちが、一斉に踊れ踊れとツイストコール!

ここで踊らにゃただのアホ。

ただのアホで終わるぐらいなら、せめて気の狂ったアホで終わりたい。

だから、僕は踊った。

たしなむ程度にツイスト!
呆れるぐらいにシャウト!

ア~オ!
ワ~オ!
フォ~!

場末の酒場でツイスト&シャウト!

回りに回った勢いのまま、僕らは店を飛び出した!

ついでに、
「明日3時にまたここで会おう!」
という、酔いどれ共との約束も頭から飛び出し、無事ホテルへと帰宅した。


このパパントラという案外大きな町にもしも行くことがあるならば、是非とも看板のない酒場を探し訪れてみて欲しい。

きっと言うだろう。
「日本人はアホみたいにツイスト踊るんやろ?」

そして、きっと怒るだろう。
「日本人は3時が何時かわからんのか!」
と。







2011年7月21日木曜日

WWOOF•Lechuguillas編 その8 ~よう考えたら、もうWWOOFでも何でもない

農家を追い出されてから、かれこれ二週間が過ぎた。

毎日ボケ~ッと過ごすのも逆に力がいるし、かといって仕事を探そうにもこの小さな町では無理がある。 

マッサージにしてもホンマたまにあるだけやし、二回に一回はタダでやってるから、対して稼ぎもない。 
まあ、飯やら酒やらはご馳走になってるが。 

なんせ世話になってる人ばっかやから、そないに金は貰えんやろう。 

それでも一ヶ月で1000ペソ稼いだ。 

ボスの月給の四分の一。 
カルロスの月給の2.4分の一。 

まともに喋れへん外国人労働者にしては、まずまずの出来やろう。 

しかし、そろそろこの町に別れを告げるべきなんじゃないかと考えている。 

このままここで、VISAが切れるまでの約二ヶ月間、ちょこちょこ農場の手伝いをしながら(アホどもが不在のときに内緒で)、町人のtendón(腱もしくわ、筋、または腱鞘炎)の痛みをマッサージでやわらげるのもいいだろう。 

ボスが都会で暮らす娘や息子に、日本人が労働可能なレストランを聞いてくれたりしてるから、運がよければVISAが貰えるかも知れない。 

そうなれば、ここから2時間ほど離れた都会で働きつつ、月に一度はボスん家に遊びにくることも可能やろうが、なかなか難しい話な気もするし、これ以上頼りすぎるのもよくない。 


せまい部屋でも住んじまえば都さ~ 

なんて唄ってるやつもいるが、ここには、TVにラジオ、ステレオにギターどころか、落ち着ける空気すらない。 

だから、僕の見たビートルズはTVじゃなくて、あの金持ちの家に置いてある、デュークボックスの中や。

とにかく、今の僕らの望みはただ1つ。 

上を向いて寝ることや。 

なんせ天井からのホコリが凄いから。 

「俺ら一体何してんやろなぁ~」 
なんて、言わなくてすむ部屋がいいなぁと、思うわけや。 

このままやと、ええかげんハニーも、常識人を探して結婚しちまうやろう。 

そういえばペペは彼女に、 
「もうええかげんお前とは付き合いきれへんわ。 
このウンコ野郎!」 
と、言われてフラれたと言ってた。 

そらそうや、BARで働いて金が貯まったかおもたら、 
「旅に出る!」 
で、金無くなって帰ってきて働いて、また金が貯まれば旅に出て‥ 

そんなことばっか繰り返して、まともに就職もせずに、 
「29歳学生です。ちょっぴり遅すぎる学生かな?」 
なんて舌出しながら言ってるスペイン人。 

ダメも何もダメダメやろう。 

‥あれ? 
なんかペペに似たような奴、日本にも1人いたような?? 

ほっといてくれよ~。 


まあ、とにかく出ていこうかなと、2人して話してるわけや。 

とりあえずアテは1つある。 

Joséから届いたメールに書いてあった、Nuriaと言う名のパトローナが経営する農場に、ひと月ほど前からコンタクトをとっていたのだ。 

ただ、彼女はイスラム教徒らしく、送られてきたメールを解読すると、 

~ここは魂を休める場所やとかうんたらかんたら‥ 
書いてある。 

面倒くさそやし、かなり宗教臭い。 
それだけが不安や。 

確かイスラムは豚肉が食べれんかったハズ。 
そして、酒もあかんかったんちゃうか? 

カンカンに熱した鉄板の上で豚玉焼きながら、瓶ビールの蓋をシュポンッと空けて、トクトクトクッと冷えたグラスに注いで、口のまわりに泡つけながら、お好みをホフホフッと頬張る。 

舌やけどしそうなったら、ビールで流して‥ 

こんな最高の食の楽しみ方が出来ない宗教は、僕にはちと理解不能や。 

せやけど行くとこないし、もしかしたらめちゃおもろいかもしれんし。 

なんせ蓋ってのは空けてみんと分からんもんやからなぁ。 

美味そうなもんがたんまり入ってるんか? 

それとも腐った苦汁が、おいでおいでと待ってるんか? 

それが知りたくて、日々何かを探してるのか? 

前世で落とした大金が、どっかに落ちとらんかなぁと首を横に振って探してるんか? 

よう分からんが、も少しだけ無職を満喫でもしようか。 

なんせ有職と違い、これから何色にでもなれる可能性を持っている。 

無職を誇りに思っとるよ! 

ただ、部屋のホコリだけは正味勘弁してください。

WWOOF•Lechuguillas編 その7 ~教える~

海外医療保険が切れてからまもなくして、歯痛に襲われた。 

それもちょっとやそっとの痛みではなく、夜も眠れないほどの激痛や。 

これは歯医者行かんとキツイ。 
が、保険がないとナンボ払わされるかわからんから怖い。 

どうしようか?? 

そこで俺は考えた。 
(ここは幸いにも田舎町。なんとかかんとか出来るんではなかろうか?と) 

「BOSS。ここに歯医者はある?」 

「あるよ。なんで?」 

「もうめちゃくちゃ歯が痛くて、昨日なんか寝れなかったぐらいやねん」 

「それは歯医者行かなあかんなぁ。 
検診で25ペソ。抜くなら180ペソやけど、どうする?抜く?」 

痛い=抜く。 
日本ではなかなか考えられない単純すぎる発想と、歯医者が一律料金なことにちょっぴり驚きながら、もう1つBOSSに尋ねた。 

「俺は日本人やから保険証がない。 
それでも大丈夫かなあ?」 

「No hay problema(問題あちゃこやで~)」 

翌日。 
グロリアと共に歯医者に行った。 

小さい診療所に置かれた、たった1つのあのベッド。
28歳の美人な歯科医が1人で働いていた。 

「どこが痛いの?」 

「ここ」 

あの銀色のやつでポンと叩く。 

「日本で最後に歯医者行ったのはいつ?」 

「3ヶ月前」 

「そっか。なら大丈夫!」 

緑色のドロドロした液体で、歯をぐちゅぐちゅし、最後に、 
「歯をキレイにしとかな欠けるよ」 
と、一言アドバイスをいただき治療は終わった。 

時間にすると5分程度。 

30分ペースで治療を区切る日本の、なんだかいやらしいやり方の歯科よりは、よっぽど優れているメキシコの歯科医療。 

お姉さんに50ペソ紙幣を差し出すと、 
「5ペソがないから20でいいや」と、30ペソお釣りが来た。 

なんてアバウトなんやろう。 
やはり優れている。 

グロリアがカバンから保険証を取り出し、歯科医に渡す。 
姉ちゃんはそれを見ながら、診断書か何かにカキカキする。 

これで、顔・形・性別。 
国籍すら違う日本人の治療は、メキシコ人女性が治療したことになったわけだ。 

丁寧に痛み止めまでいただくことも出来た。 
う~ん、優れすぎている。 

せやけど、ホンマ家から医者から飯から、何から何までBOSSの一家に世話になりっぱなしやなあ。 

ちなみにメキシコは水道代と電気代は一律料金らしい。 

だから、使いまくろうが何しようが問題はないという。 

居候の身なもんで、公共料金が気になって聞いてみたのだ。 

住んでる人間の数やなく、家の大きさで決まるらしい。 

BOSSん家で、電気代が二ヶ月50ペソ(約400円)。 
水道代が一ヶ月86(約600円)ペソ。 
ガスが210(約1500円)ペソと言っていた。 
計 321ペソ。 

一見安そうやが、平均日当140ペソのこの町では、3日働かんと支払われへん額。 
と考えたなら、どないやろうなぁと思う。 

多分、収入の多い町に関しては、公共料金はもっと高いんかも知れん。 

メキシコと日本の収入や物価の違いに関して、BOSSとよく話すのだが、 
「結局どっこいどっこいやなあ」 
という結論になる。 

収入多い国は物価も家も高いし、収入の少ない国は物価も家も安い。 

まあ、当然っちゃあ当然なんかもなあ。 

ただ、収入の多い国に生まれたことで、こうして海の外に出ることが出来るのだから、日本に生まれたことを感謝しなければならない。 

BOSSは言う。 
「将来、孫たちが日本に行けることはあっても、俺とグロリアは日本に行けることはないよ」。 

この言葉を聞くと、何故か心がジンとする。 

現在。日本人だけでなく、多くの先進国に住む人間が海外を行き来している。 

その目的は様々や。 

仕事、勉強、遊び、買い物etc‥。 

俺らに関しては、約束の地探しっつーか、夢っつーか、うんにゃらふんにゃらや。 

2人に一体何が出来るんやろう? 
と、悩むこともある。 

ただ、グロリアがモヒートを気に入ってくれたり、BOSSがお好み焼きや唐揚げを上手いと言ってくれたり、子供らが、 
「Haru momento mierda(ハル、ちょっと待ってね。うんこ野郎)」 
と叫んで、親に怒られたり。 

そんな1つ1つの交流みたいなもんが、また何か新しいもんを生むんかも知れんと考えたなら、2人に出来ること。 
そして目的は、そういうことなんやろうなあとも思う。 

話すこと、伝えることは、とても大事なことなんや。

こないだはBOSSん家で煮魚を作った。 

ここに来てから今までに、お好み焼き、唐揚げ、シチュー、煮魚、ポテトサラダ、モヒート、マッサージ、ご飯の炊き方をレクチャーした。 
酒やみりんはないが、Salsa de soya(醤油)は売ってるので、なんとか作れるもんや。 

今度は焼き鳥のタレや、煮物でも作ろうかなと考えている。 
タコ焼きはタコ焼き機がないのでちと難しいが。 

グロリアが調味料を使わずに、素材から味を引き出すのが得意なので(もしかしたらメキシコ料理とはそんなもんなんかも)、めちゃくちゃ勉強になる。 

自分の知っていることを教えることで、何かが返ってくる。 
するとまた、教えれることや出来ることが増える。 
なかなか素敵なことではないか。 

今BOSSん家で植えてるjengibre(生姜)が育ったら、豚の生姜焼きや生姜入りスープでも教えようか。 

ウォッカ売ってるしモスコミュールを作ってみてもいいかな。 

おっと、その前に、いいかげん明日のこと考えなきゃ。 

どうしたんだ へへいベイベー! 
お前までそんなこと言うの! 

まあ、いつものようにキメてぶっ飛ばせばいっか。 

意外と、こんなこといつまでも長く続くもんや。 

なんせ、すべてはALRIGHT!

WWOOF•Lechuguillas編 その6 ~ふさわしい家~

この農場での仕事も残すところ後3日。 
というところで、事件は起こった。 

6月30日(木)。 
台風の影響で前日から降り続ける雨が、いまだ止まないおっくうな日に、それは起こったのだ。 

いつもどおり仕事が始まる。 
昨日に引き続き、ゆうきと月曜日からやってきたMarcosは、阿呆のLauraと共になんやかんやさせられ、僕はCarlosと穴を開けたり耕したり。 
ボスは買い物のため、9時頃いなくなった。 

9時半になり、ゆうきちゃんに朝飯の用意をするように頼みに行く。 

今までは毎朝10時になったら、ボニーって食堂に食べに行ってたのだが、今週から一日飛ばしで家で朝飯を作らなくてはならなくなった。 

理由としては、 
「家に食料があるから」。 

だが、正直食料はほとんどない。 

阿呆なパトロンや。 

10時になり朝飯を食べに家に向かうとゆうきちゃんが、 
「手伝って」 
という。 

まだ終わってないんやと聞くと、 
「9時半になって準備しようとしたら、Lauraが10時になるまでは準備したらあかん」 
というので、結局今から作り始めるところだという。

にもかかわらず彼女は手伝いもしないで、エシャロットの種をいじくっている。 

朝は朝で、雨漏りで濡れた廊下を掃除させられたという。 

僕らは農業のボランティアでここに来ているわけであり、別に使用人でも家政婦でもない。 

だから、10時になり朝飯を彼女が用意しているならまだしも、僕らが彼女の分まで朝飯を用意するなんてことは、まったくもってオカシイ話や。 

さすがに腹が立ったので、この間違ったおまんこ野郎に一言いうことを決意した。 

「おい。なんで9時半から朝飯の準備したらあかんのや?」 

「お前らはボランティアやからどーのこーの‥」 

そのボランティアという一言にカチンときた。 

ロクに食材も用意しないで働かすだけ働かして、ようその一言が言えたなと。 

が、スペイン語初心者なのでうまく言えないから、とりあえず、 
「tu tonta!(君アホやろ)」 
と言う。 

まるで紳士的なツッコミをする一漫才師のように。 

え? 
ハル今なんて言ったの? 

彼女の驚いた顔を見たら、なぜかより腹が立ったので、お次は、 
「mierda!!(うんこ野郎)」 
を連発した! 

すると、やっとこさ悪態をつかれてると理解したようで、彼女も負けじと、チーノ(中国人)と返してくるが、こちとら痛くも痒くもない。 

「お前日本語しゃべれや」 

「でも、ここはメキシコ‥」 

「知らん知らん。うんこ野郎うんこ野郎うんこ野郎‥ 
日本語しゃべれ、うんこ野郎!」 

スッキリしたなぁ~! 
と、気分爽快感を味わった30分後、即座に家を追い出された。 

重たい荷物をひきずりながら、行くあてもなく雨の中をさまよう2人。 

そんな惨めな日本人を拾ってくれたのは、他ならぬBOSS。 

「はるとゆうきが好きなだけ、いつまででも、この家に寝泊まりしてくれてもいいよ。 
グロリアも子供たちも2人が居てくれたらうれしいんやから」。 

涙が出そうなぐらいうれしかった。 

そして、 
「もし、2人きりの部屋がいいなら、ボニーに一部屋空きがあるからそこを使ってもいいよ。 
家賃はいらないから。 
でも、キッチンはないから、ご飯は食べにおいで」。

ということで、BOSSのやさしさのおかげで、2人はまだまだこの町に居座れることになった。 

ただ、さすがにBOSSん家に毎日泊まるのも悪いので、ボニーの空き部屋に泊まることにした。 

食堂の裏手に存在する空き部屋。 

豚小屋の隣に存在する空き部屋。 

部屋と言うより物置小屋ちゃうん? 
と、思わざるをえない空き部屋。 

いくら掃除してもホコリがなくなることのない、工事途中の部屋にあるのは、BOSSの作ってくれたベッド台に板を敷き、その上にダンボールを敷いただけの簡素なベッド。 

そして、扇風機が二台に、使用不能のテレビとレンジがある。 
あと、ホコリにまみれた赤ちゃんベッドも‥。 

しばらくのあいだ2人はこの部屋で、豚の匂いと蚊の群れと戦いながら過ごさなければならなくなった。 

正直豚の匂いは臭い。臭すぎる。 

鼻が曲がらなければいいのだが。 

「やっぱり出て行くわ」 
と、言おうかなとも一瞬考えたが、ここまで用意されていまさら町を出ていくとは言えない。 

そして、ここから2時間ほど離れた町で仕事の依頼が来ていたらしいのだが、 
「はるとゆうきはこの町を去らないよ」 
と、丁寧にもBOSSは断ってくれたので、仕事のあてもなくなった。 

日本人=マッサージ。 
という勝手なイメージのおかげで、 
「マッサージしてよ!」 
という依頼が来たときだけ、マッサージをすることで臨時収入とただ飯が喰らえる。 

僕はプロではないが、マッサージに関してはなかなか評判がいい。 

そういえば昔オトンが、 
「はる。マッサージ覚えとけば社会に出たときに、先輩や上司に気に入られるし、なんやかや得するぞ」 
と、言っていた。 

正味な話、日本に居たときにマッサージで得したことといえば、ギャルをマッサージしてるときに胸の谷間を見れたことぐらいで、勃起はすれども出世や給料UPにつながったことは一度もない。 

マッサージがきっかけで、おまんまんとつながったことも‥ないことはない。 

が、今この日本から遠く離れたメキシコという国で、少しながらでも金を稼げているのだから、オヤジの言ってたこともまんざら嘘ではない。 

この町にいる間は、週に一度あるかないかぐらいのマッサージで日銭を稼ぎながら、このハウスダストっちゅーか、小屋ダストのすごい場所で生活をしていくのだ。 

今の2人にはここがふさわしい家なんやろう。 

家賃0円。 

昔憧れた漫画「ボーダー」に出てくる主人公・蜂須賀が住んでいる、家賃3千円の元便所部屋よりも安い部屋。 

ある意味夢が叶ったんかなあ~。 

ただやっぱ豚臭いのは敵わんなぁ~。 

刑務所ん中もこんな匂いするんかいな。 

ここで一句。 

豚小屋の 
近くの小屋で 
あのよろし 
ーハルキチ心の俳句ー

WWOOF•Lechuguillas編 その5 ~辛けりゃ塩でも舐めればいいさ

6月も半ばに入った。 

ぺぺもダビィも出ていったので、今はこの家にハポネス2人だけが住んでいる。 

最近は現場作業してるオッチャンら、マルセリーノ&ロベルトによく酒や飯をおごってもらってる。 

そして、引き続きBOSSん家で飯を食わせてもらったりしてる。 

僕らはせめてものお礼にと、お好み焼きを作ってみたり、モヒートを教えてみたり、マッサージを経験してもらったりしているが、代わりにカニ狩りに連れてってもらったり、Sopa de pipíanという家庭料理や、JinebraっちゅうココナッツとAguardienteの酒を教えてもらったりしてるから、まだまだ足りひん。 

ゆうきちゃんに関しては、海ガメにまで乗らせてもらったし。 

うらまやしいなぁ~。 
日本じゃ乗るどころか、写真撮影も厳しいもんなあ。

そうそう、メキシコではその昔、海ガメのたまごを食べていたらしい。 

かなり絶品らしいが、現在は保護団体がうるさいから、たまごパクッてるとこが見つかると、すぐにお縄らしい。 

スッポンと亀頭は食うくせに、海ガメのたまごはあかんなんてホンマ勝手やね。 

食べてみたいなぁ。 

せやけど、ホンマにこの町の人らにはよくしてもらってる。 

なんかお返しせなあかんなぁ~と、2人で話し合ってたある日。 

突然BOSSから、 
「マッサージの依頼が来ているけど、やってみないか? 
お金も貰えるよ」 
と言われる。 

プロやないから金は貰えないと言ったが、貰えるもんは貰っときって話しになったので、まあ貰えたらいいかなぁ~ぐらいで、やってみることにした。 


6月16日(木) 
Casa de saludっていう小さい診療所で5人マッサージした。 
そして、160ペソ(1200円ぐらい)いただいた。 

メキシコで初めての日当! 
めちゃくちゃうれしい。 

もしかしたらこのままここで、生活費稼げるかなと思っていたが、結局ここでの仕事は計3日で終了した。 

人生そんなに甘くはない。 
‥かといって辛くもない。 

辛いで思い出したが、この国ではChile(唐辛子)をよく使う。 

だから、手がヒリヒリしたり、あやまって目をこすってしまい、めちゃくちゃ痛くなってまうことがある。

そんな時、役に立つのが塩である。 

手が痛い時は塩水で手を洗い、目をこすってしまったときは、塩を少し舐めた後、水を飲む。 

すると何故か痛みがひくから不思議や。 

不思議と言えば、こんなに離れた国やのに、ウンコの絵を書くときは、日本と一緒であの形を書く。 

日本人でもメキシコ人でも、確実あの形を捻り出せる人は数少ないハズやのに、何故かウンコ書くときはあの形や。 
不思議。 

もしかすると、人間のルーツはあの形のウンコなのかもしれないね。 

そう考えると、人間はもう少しウンコについて考える必要があるような気がする。 

クジラとか海ガメの保護する前に、ウンコを保護しなあかんし、ウンコと肉体関係を持ち、子供まではらませる「ハエ」という生物に対し、もう少し危険意識を持たなければいけない。 

そして、 
「おい! このクソ野郎!」 
なんて言われた日には、 
「僕ちんウンコ呼ばわりされちゃった~。 
わぁ~い。 
う~れし~いなぁ~!」 
と、心から喜ばなければいけない。 

僕はよく屁をこきすぎて、あとあとパンツを見ると、ウンコがついてるときがある。 

それを聞いて、たまーに嫌がる人がいるが、これからは嫌がらずに、もっともっと好いて欲しい。 

吸いて欲しいとまでは言わないから、好いて欲しい。

もしくは、拭いていただければこれ幸いだなと、おもふけふこの頃です。

WWOOF•Lechuguillas編 その4 ~蚊と匂いと淫水マンゴー

5月16日(月) 
RubenとLauraがPepeというEspañaを連れてやって来た。 

こいつがまたなかなかのイカれポンチで、面白可笑しいコカインMen。 
29歳学生らしいが、ホンマかなあ? 

三人がやってきた翌日。 

朝から共に働くんかなあと思っていたら、イスに座ってちんたらコーヒーを飲んでいるではないか。 

その後、庭で簡単な作業をしては、ちょこちょこと休んでいた。 

僕は、Ruben&Lauraは、若いのによく働く夫婦やと思っていたのだが、実は真逆で、全く仕事をしないドラ息子とドラ彼女だということが判明した。 

33歳だというのに、脚立の一つもロクに使えず、どっかで働くわけでもなく、父親から金をせびる。 

部屋は荒らすだけ荒らして片付けない。 

なんか2人して閉じこもっとんなあ~思たら、パンパンパンパンおっぱんぱんしとる。 

なんとも言えないおまんこ野郎たちや。 

僕らは極力彼らと話さないようにし、食事も共にしないように務めた。 

運良く火曜日は、Nichoという現地の弁護士が経営するレストランで、酒と飯をご馳走になった。 

この後、数回ご馳走になり、VISAと仕事をもらえそうな雰囲気になっていたが、三十路やということが判明した途端、めっきり彼は訪れなくなった。 
‥残念! 

水曜日は水曜日で、Leónの友達のセルソの家で、ちゃんちゃん焼きをご馳走になった。 

セルソはダンスの達人で、笑うと大量の鼻毛が見え隠れする、気のいいオッちゃん。 
話すんが早すぎる為、会話の99%は理解出来ない。 
‥残念! 

翌木曜日。 
ペペを残して糞どもは出て行った。 

金も食料も置いて行かずに。 

油も切れ、水もなく、あるのはおまんこ野郎が置いてった、廊下に敷かれた淫水臭いベッドだけ。 
枕元に置かれたマンゴーの食べカスが、いやらしさと苛立たちさを醸し出す。 

しょうもないダイイングメッセージはいらんから、金を置いてけ、金を! 

David、Pepe、僕にゆうき。 
食料のない家で、大人四人が生活を共にする。 

腐りかけの野菜と、毎日収穫する卵だけが僕らのエサ。 

「今日は何を食べる?」 
と、ペペに聞くと、 
「Huevo con huevo(卵入り卵)」 
と、苦笑いが返ってくる。 

飢え死にしそうな状況下でも、変わらず毎日働かされる。 

これじゃまるでタコ部屋や。 

あれ? 
WWOOFって農業ボランティアプロジェクトやったよね? 
タコ部屋プロジェクトじゃなかったよね? 

思わず尋ねたくなる状況下。 

あまりにも腹が立つので、Rubenが大事にしているであろう赤ワインを四人で開けようと思い、ペペに差し出してみた。 

「わおっ! ハル! 
赤ワインじゃないか! 
ハルが買ってきたの?」 

さすがワインにうるさいスペイン人。 
反応が早い! 

「違うよ。Rubenのやつやで。 
どうする?  呑む?」 

「呑もう呑もう! 
もし、Rubenに聞かれたら、俺のせいにしてくれたらいいよ。 
ペペは頭がイカれてるってゆってくれればいいさ。 
俺は俺で知らん顔するし」 

なんて心強いスペイン人なんやろう。 

僕らはせめてもの楽しみにと、心ウキウキで開けてみた。 

ペペは言った。 
「うわっ! クソまず!」 

何を食べても、 
「Riquísimo!(めちゃうまい)」 
という彼が、 
「Vino malo(クソまずいワインやで)」 
というぐらいまずかった。 

きっと夏の暑さと湿気で、味が悪くなったんやろう。
おまんこ野郎はワインもロクに管理できない。 
まったくのNo sirve(役立たず)だぜ。 

Hey ベイベー。気をつけなよ。 
ハポネスは怒ると何しでかすかわからないんだぜ! 


5月23日(月)。 
初めてこっちで羊を食った。 
本気で食料が尽きた為、バカ共が冷凍庫で大切に保管してる羊肉をおろした。 

日本で食べたことのある羊と比べ、やわらかく、臭みもなく、ほどよいクセがあり美味。 

オーガニックのエサを食わせてるからか、子羊やからか、理由はわからんがとにかく美味すぎる! 
毎日でも食べたいほどや。 

が、翌週にバカ共が来た時に、勝手に食べたんがバレたみたいで、全部持って帰られた。 
わ~おっ。 

それにしても最近蚊が増えた。 
めちゃくちゃかゆい! 

何故かメキシコ人は滅多に刺されない。 
だから、たまに刺されるとありえんぐらいわめき散らす。 

そこまで騒がんでもええやんってぐらい騒ぐ。 

きっと、僕らみたいに10個も20個も刺されたら発狂して死んでまうやろう。 

なんせ滅多に刺されないのに、刺されない為の方法を知っているぐらいやから、相当刺されるのが嫌なハズや。 

~メキシコプチ情報~ 
刺されない為の方法 その1 
体にシャンプーを塗る。 

刺されない為の方法 その2 
耳にミントを引っかける。 

その2はまだ実践してないが、その1のシャンプーは実践してみた。 

すると、確かに蚊に刺されない。 
近づいてきてもすぐに離れていく。 

きっと匂いが嫌いなんやろう。 

RubenとLauraが廊下で寝てても刺されないんは、きっと淫水臭いからや。 

Viva! おマンゴー野郎!

WWOOF•Lechuguillas編 その3 ~Aguardiente~

Lichi収穫の初日にBarracuda共が来たとはいえ、すぐに帰ってくれたので害はなかった。 

この後、Rubenたちがやって来だす頃から、農場の生活での歯車が狂いだすのだが、 
「じゃあそこでの生活は満足出来ないものなのか?」
と、聞かれるとそうではない。 

何故なら、この農場で働くボス2人とメヒコの大学生、それにこの小さな町・Lechuguillasの人たちが、最高にいい人たちばかりだからだ。 

5月8日(日) 
初めての休日。 
ゆうきちゃんに散髪してもらったあと海に行く。 

海までは1km。 
ちんたら歩いて行く。 

Mexicoに来て初の海。 
風で波が荒れてたせいか、あまりキレイではなかった。 
残念。 

現地人と共に写真を撮ったあと家に戻ると、Leonが 
"Aguardiente de caña" 
をご馳走してくれた。 

Aguardiente de cañaとは、さとうきびの蒸留酒。 
ゆってみれば、さとうきび焼酎。 
もしくわ、安物のラム酒やね。 

これがなかなかうまく。 
僕らは上機嫌! 

ほろ酔い気分でなんとなく隣の農場を覗きに行くと、酒盛りをする男たちの姿が。 

もちろん声をかける。 
と、そのうちの1人が、トウモロコシをたくさんくれた。 
でも、酒はくれなかった。 

そして、鳥脅し用の音の鳴るムチ、”チュリオン”を目の前で鳴らしてくれた。 

パンパン! 
と、ピストルみたいな音が鳴る。 

「メキシコでよく鳴ってる音はこれやったんや」 
と、このとき初めて知った。 

二年前から気になっていたことがやっとわかり満足。

彼、Tomasに別れを告げ、近所のビール屋   
” Quince De Letras” 
で、Caguama(リッターサイズのビール)を注文して呑む。 

すると、1人のborracho(酔っ払い)が近づいてきて、酒を奢ってくれた。 

多分名前はJuan。 
葉っぱとコカインが大好きな、38歳妻子持ち。 
肩に入れたタトゥーの二文字は、”No fear”(怖くないよ~)。 

なかなかやばい臭いをプンプン撒き散らす彼に別れを告げ、再び家に戻った。 

あとあと聞いた話やが、彼は仕事もせず、嫁はんの働いた金で薬を買ってはキメまくってるらしい。 
一回捕まってるらしいし、なかなかヤバイ野郎や。 


翌日。 
仕事前にボスと共に、搾りたての乳を飲むため近所の牧場へ。 

歩いて2~3分のところにあるこの牧場では、Romanって名前のじいちゃんが乳をシャーシャー搾っている。
  
面白いぐらいに出てくる牛の乳。 
これなら僕にも出来るんちゃうかとトライするが、一向に出ない牛のオッパイ。 

オッパイがいっぱ~い。 
"爺が揉んで、ボスも揉んだから、出なくなった牛のオッパ~イ" 

きっと性感帯を間違えたんやろう。 

まあ、セックスのあまり上手くない僕が、牛を感じさせるほどのマジックフィンガーを手に入れるには、まだまだ修行が足りんのやろう。 

なんせ爺ちゃんには、4人の嫁がいるらしいから。 
かなりのプレイボーイや。 

色んな乳を揉んできたからこそ、なせるワザなんやろう。 

うんごいわ! 

そうこうしているうちに、BOSSがコップ一杯の牛乳を差し出してくれた。 

初めて飲む搾りたての牛乳は、生ぬるく甘くAguardienteの味がした。 

んなはずはないやろう! 
と、BOSSに問い詰めたところ、イタズラにaguardienteを混入したことが発覚! 

おかげで朝からほろ酔い気分。 
昼にはMezcalも呑めたし、最高の一日や。 

テキーラで有名なメキシコやが、この町ではcañaが主流。 

なんでもCuba文化の影響らしい。 
その昔、スペインがキューバに侵略した後、Veracruzに攻めて来た為、キューバのサルサや、さとうきびがこの州都に伝わり、未だ名残りが消えないのだと聞いた。 

歴史ってなかなか面白いね。 
ちんちろり~ん。 

一本30ペソ(約240円)のさとうきび焼酎をコーラやグレープフルーツソーダで割って呑む。 

ミントもライムもテグアカン(炭酸)もあるのに、何故かモヒートはあまり知られていない。 
ので、モヒートを作ってみた。 

ウマイ!! 
ラムと変わらん味がする。 
そら、ラムみたいなもんやからなあ。 

ボスの奥さん・Gloriaもお気に入り。 
なかなかやりよる安酒や。 
是非とも日本に持って帰りたいもんや。 

まあ、確実に頭イカれてまうであろう安酒やが。

WWOOF•Lechuguillas編 その2~Barracuda襲来~

5月5日(木曜日)にJoseが、 
「Xalapaに女の子に会いに行って来る!」 
と、出ていった。 
2~3日は帰ってこないらしい。 

正直助かった。 
なんせ彼のイビキは爆裂にデカイ! 
まったく眠らせてくれない。 

それに、ブリーフ姿で枕に抱きつきながら眠る40代・男性の姿を見て、 
「Oh~!  キュート」 
などと思える気持ちは持ち合わせてはいないからだ。

てことで、ここのBOSSである、LeónとCarlosに支持を仰ぎ働くことになった。 

Leónは12歳の頃からずっと働いている。 
今までいろんな仕事をしてきた結果、8年前からここに落ち着いたらしい。 

5歳年下の奥さんGloriaと、3人の孫達と共に暮らしている。 

めちゃくちゃ優しく面倒見もよく、ウィスキーとウォッカが好きなイカしたボスや。 

Carlos(副ボス)は、子供がそのまま大人になったようなおっちゃんである。 

いつも冗談ばかり言いながら踊り、果物ちぎってはつまみ食い。 

たまにLeonから、 
「また甘いもん食べて!」 
と、怒られている。 

そんな子供のような彼だが、この農場のヒットマンでもある。 

畑を荒らす生き物や、命を脅かす蛇などは、彼が容赦なくぶち殺す。 

Topoと呼ばれる前歯の長いネズミみたいな奴は、まずチャリの前輪でしばいて弱らせる。 
その後、蹴りまくって弱ったところを尻尾つかんで持ち上げ、何度も何度も地面に叩きつけるのだ。 

それで終わりかと思いきや、まだまだ序の口。 

確実に死んでいるであろうTopoの頭に、数回石を投げつける。 
そして、再び蹴りまくる。 
なかなかエグい。 

蛇にいたっては、スコップで一瞬のうちに首をちょんぎる。 
まさに瞬殺! 

この2人がここを仕切っているボスや。 

そんなボス2人とDavid(無口なメキシコの大学生)と共に、人生初のlichi狩りにと繰り出した。 

いい感じに熟れたlichiを一つ一つ丁寧にちぎる。 
そして、手に持ったバケツに大胆に投げ入れる。 

ちぎる時は丁寧なのに、入れる時はなんとも大胆。 

これが原因で、いい感じのlichiの三割程度がNo sirve(役立たず)になる。 

せっかく丁寧に前戯したのに、三こすり半でイッてしまうSEXのように、残念な結果に終わってしまうのだ。 

そんな感じで、Leónに選別の仕方を教わりながら収穫していると、見知らぬオヤジと老けた若造がやってきた。 

「こんにちわ! ハポネス。 
Rubenのパパと弟のRogelioだよ」 

(そうか、こいつらが呼んどいて未だ旅行から帰ってこないバカップルの生みの親と、似たような精子のカタマリか?) 

そう思いながらにこやかに挨拶を交わす。 

そして、バカ共に連れられて、お次はLichiのパック詰め作業に入る。 

作業中、 
「ハポ~ン!  メヒコ~!」 
と、テンション高く叫びながら、のろまなスピードで詰めるオヤジ。 

きっとシャブでも喰ってるんやろう。 

そういえば、親子ともども若干瞳孔が開いている気がする。 

ハタチの頃に働いていた現場に時折いた、シャブ中のオヤジたちと同じ目をしている。 

そんなシャブ中どもは、かるくあしらいながら、1パックに対して680g分のlichiを詰める。 

詰め込まれた商品は、カナダの大型スーパーで売られるそうだ。 

ここで気になるのが値段。 

大阪のスーパーで、ライチが売ってるとこなんて見たことないから、しょうみ気になって仕方がない。 

だから、オヤジに聞いてみた。 

すると、返ってきた答えは、 
「わからない」 
だった。 

あゝ、この人は阿呆タレなんだ。 
そう思っただけで、会話はすぐに終了した。 

だが、阿呆は1人だけではなかった。 

31歳の弟は、どうやら今回初めて作業に参加したらしく、 

「パパ、どれがいいlichiなの?」 

「ん? ロヘリオ。これがいいlichiだよ。 
1つ食べてごらん」 

パクッ。 

「まいう~」 

バカや。 
文句なしに。 

そんなバカさをいち早く察していたのか、Davidから聞いて知っていたのか、8日にデートから帰ってきたあと、家族の誰とも会わずに翌日にJoseは出ていった。 

そして、まだRubenとLauraは帰ってこない。

2011年7月20日水曜日

WWOOF•Lechuguillas編 その1~はぢまり~

サンクリストバル・デ・ラスカサスを出発後、ベラクルスにあるあゆみさん&ロド宅に一泊した。

たった一日だけの休息は、ホーボーっていう名前のフルーツで作ったアイスを、頬張ってるうちに過ぎていった。

そして、翌日。
5月3日(火曜日)。
Emilio Carranzaへとやってきた。

とりあえずタクシーを捕まえ、
「lechuguillasにある、rancho Mandumedに行ってくれ」
と、伝える。

信号など1つもない長閑な田舎道。
牧草地に挟まれた一本道を駆け抜けること約5分。
無事にrancho(農場のこと)に到着した。

着いたら電話しろとのことだったので、タクの運ちゃんに頼んで、Rubenの弟のRojerioに電話してもらう。
なんせ僕らが電話かけたところで、どないもこないもならへんからね。

すると、ルーベンどころかロヘリオもここにはいないらしく、ボランティアで来てるスペイン人がおるから、そいつに門を開けてもらえとのこと。

呼んどいておらんて、アホちゃうか?

そう思いつつも、ロヘリオの言うとおりにスペイン人に門を開けてもらい、僕らは新しい世界へと足を踏み入れた‥

5月4日(水曜日)
スペイン人のJoséと共に起床し、"HORTALIZA"と呼ばれる小さな農園にて、ビニールハウス内での作業を開始した。

(もう1人の男の子"David(メヒカーノ)"は、別の場所で働いてるみたいや)

枯れた草を抜き、畑を耕した後、肥料をまいて整地する。

あとで、ここにトマトの種を植えるらしいが、植えると言っている当の本人・Rubénは、ただいま彼女のLauraと旅行中だ。

ここでの仕事は朝の7時~10時。
11時~14時までの計6時間。
あいだの1時間は朝食タイムや。
チチャロン(枝豆みたいなん)とパパイヤ、ハマイカ(茶とかジュースにする)などの水やりや、肥やし作り(めちゃくちゃしんどい)に種植え(これも種植えの前の穴掘りがアホほどしんどい)。
ライチの収穫や、ニワトリと羊のエサやりが主。

Lichi(ライチ)の収穫時は残業があるが、それでも明るいうちに終わるから、海にも行けるし昼寝も出来る。

しかし、ちょこちょこといらん仕事が出てくる。

それは全てmierdaなbarracuda共が持ってくる。

このビニールハウス内での作業もそのうちの1つ。

初日はそんなこと知らずにあくせく働いていたが、そうだと知ってからは、水の代わりに小便撒き散らしたくなってくることもしばしば。

ホンマにファックや。

ちなみに、mierdaとはクソ野郎って意味。

そしてBarracudaは、容赦ない略奪者って意味である。

食事は朝食以外は自炊。

自由に使っていいよと言ってはいるが、たいして何もない畑の野菜をなんとか収穫し、ニワトリの卵をふんだんに使い、barracuda共の置いてった食料の成れの果てを、再調理して喰らう。
なんせ味付けが下手くそやから、再調理せな食べられへん。

水は水で買って来てくれたおもたら、アホほど使うだけ使って帰るから、飲料水はほとんど無いに等しい。

だから、水道水を沸かしレモンの葉っぱ(レモングラス。スペイン語では、zacate de limón)と、menta(ミント)を入れてお茶を作る。
とにかくこのranchoでは、あるものを賢く使わないと、飢え死にしてしまう。

初日の仕事が無事に終わり、Joséの作ってくれた晩御飯をDavidと四人で食べたあと、のんびりとLuciérnaga(蛍)を見ながら過ごした。

ここは蛍がめちゃくちゃ生息していて、夜になるとホンマにキレイ。

しかし、部屋はあまりキレイではない。
というか、僕らが来るというのにまったく準備などされてなかった。

ここに来てまだ3日やというJoseにすべてをまかせて、この農場の持ち主たちは一体どういうつもりなのだろうか??

2011年5月1日日曜日

パナシー人生

最後の晩餐って感じで繰り出したフライデーナイト。
安酒場が閉まっているという結果で意気消沈にて終了。

まあ、それでも、アンドレスに酒もおごれたし、サウロのLIVEにも行けたので、良かった良かった。

そして、いよいよ出発の30日。
Tianguisにキッピーと共に行く。

キッピーが新農家のホストRubenを探してくれたので、早々に出会うことが出来た。
しかし、2人はよく働くし、マッサージが上手いという、なかなかいらぬ情報を伝えられた為、僕たちはベラクルスにて、重労働と先輩方に対するマッサージを余儀無くされるであろう。

ビリビリブー!

少し話したあと、Rubénと奥さんLauraに別れを告げる。

しかし、村に着いたら電話してってゆーのが少し引っかかった。

日本人は、日本に来た外国人に対し、なんとかかんとか英語で話そうとするが、こっちは違う。
Español はpoquito(ごく少量)しか話せないよ。
と、伝えているのに、なかなかハードな現地語で会話してくる。
まれに日本語を話してくれたかと思うと、
「アリガトウ」
とか、
「ワタシは、○○デスぐらい」
だ。

今回もほとんどの会話が成立していなかったのに、電話で果たして会話出来るのかどうか??

まあ、ええか。
なんとかなるやろ。

最後の町を徘徊する。
コロニアル調の町並み。

ヨーロッパを思わせる町並みに、観光客や町人、近隣の村人などがひしめき合うさまは、なんとも不思議だ。

少し裏に入れば観光地っぽくない姿も見れたり、バスに乗れば20〜30分ほどで近隣の村にも行ける。
グアテマラへ抜けるにも近いし、なにかと便がいい町。
サンクリストバル・デ・ラスカサス。

も、腹痛に見舞われた僕に、最後の風を感じる余裕はない。

木曜日からずっと痛い。
ラッパのマークも効かない。

きっと水曜日に泳ぎに行った川のせいだ。

みんながキレイキレイと、テンション上げて泳いだ川。

正直濁っていた。

そう思うと、日本の川はとてもキレイや。
透きとおっている。

海もキレイやし、山も素晴らしい!

魚も肉も、野菜も米も、何もかもが美味しい!

四季もある。

ちいさな島国に色んな魅力がつまっている。

すごい国や。

旅に出れば日本の様々な魅力に気づく。

もちろん汚点にも気づく。

異国の文化や人や、食べ物や酒に触れ、自国の文化や人や、食べ物や酒に対して考えさせられる。

だから旅が好きや。

今まで感じたことのなかった新しい感覚が生まれる。

行くたびに、少しずつ少しずつ、人に対してやさしくなれている気がする。

10年前、鎖国推進委員会だった自分がウソのようや。

こんなに旅が好きになりだしたのは、いつやったろうか?

初めて海を渡り、世界の広さに感動した時か?

屋久島の初日の出を見て、涙が出そうになった時か?

それとも、中学生の頃か生まれる前か?

まあ、ええか。
にしても、旅人には、計画どおりにいかないことがたくさんある。

3時にバス停に行かなければならない2人。
2時になったので、日本人あゆみさんに会う為、再びtianguisに向かう。

なぜならあゆみさんと彼氏のロドに、Las tinajasでの降り方を聞かなければならないからだ。

何故、ベラクルスに行くのに、ティナハスで降りなければならないかというと、
サンクリ→ベラクルス=600ペソ

サンクリ→ティナハス=300か350ペソ

ティナハス→ベラクルス=35ペソ

一度乗り換えるだけで、350に乗っても、1人215ペソ安くなる。
僕らは2人だから、合計430(3000円ぐらい)ペソ安くなるわけだ。

日本なら、3000円で楽が出来るなら‥
と、言ってしまいがちだか、メキシコでなら、20ペソで、1.2リットル入った victoriaというビールが21本と、路上で売られている5ペソのポテチが2つ買えるわけだ。
まさにvictoria(勝利者)の酒。
手作りのポテチに、ライムと塩とサルサかけて食えば、ビールもすすむ。

600払って楽して直行ベラクルス行くか?

途中で乗り換えた分、浮いたゼニで計25リットルの黄金の液体に飛びこんで死ぬか?

どっちを取るって言われたら、この日記を読まれている方も含め、確実に後者であろう。

もし、いやいや俺は前者やで。
と言うかたがいたとしたら、こちらの例文を読んでいただきたい。


「うわぁ~。にしてもあっついなぁ~。
あつはなついで~。
いや、夏は暑いで~」

「今日40度あるらしいで」

「ホンマかいな。死んでまうわぁ。
なあ、生でも呑みにいかんか?」

「ええなあ。せやけど今月金ないねん」

「心配すんなや。生の10杯20杯、俺がおごるがな」

「まぢで?」

「おう。ちょっと金が出来てな。ふたりで50杯ぐらいはやれんで」

「か、神様やぁ。‥アテも頼んでもいいかな?」

「おう。ポテトチップでええか?」

「じゅ、十分やぁ~。手の震えがとまらんわぁ~」

(月刊・アルコール依存症 by ディアゴスティーニ参照)

てことで、あゆみさんに降り方を聞いたのだが、そこに着くのが深夜で、ひと気のない林道。

降り方もややこしく、日本語しかわからん2人では、危険なのではないか?

よければ一日ずらして一緒に行かんか?

と言うことになった。

そう、あゆみさんとロドは五月からベラクルスに住む為、明日引越しだったのだ。

そんなにややこしいならということで、大慌てでバス会社へと向かい変更!

Rubénに電話して、一日送らせたこと。
そして、あゆみさんの家に1,2泊してから農場へ向かうことを伝えてもらい、僕らはサンクリにもう一泊することになった。

キッピーの家にタダで泊まらせてもらった。

ホンマ、日本でもメキシコでも、色んな人に迷惑かけっぱなし、世話になりっぱなし。
ぱなしぱなしの人生や。

ガキが生まれたら、男なら一休。
女の子なら小梅ちゃん。
と決めていたが、男でも女の子でも、名前はパナシーにしよう。
きっと似たような子になるだろから。

田畑パナシー。

パナシー田畑。

売れへんマジシャンみたいでカッコいいではないか。

そして今僕は、下痢ちびって汚したパンツを、無事に洗い終えた。

そんな最終日の昼下がり。
ビール片手ではなく、コーラ片手にラッパのマークを飲んでいる。

くさい!

2011年4月30日土曜日

Rock'n'Rollが呼んでる

29 de abril
サンクリストバル・デ・ラスカサスでの最後の仕事が無事に終わった。

最後の仕事は、manzanilla(カモミール)を摘む仕事だった。

なんでも、カモミールティーにするらしい。

そういやカモミールティーなんてお洒落な茶は、今だかって飲んだことがない。

一体どんな味なんやろう??

そして、どんなお方が飲むのだろう??

僕が想像するに、きっとどこぞのご婦人たちがバター犬を引き連れ、オープンテラスに深々と座り、子指を立てながらすすり飲むような飲み物なのではないだろうかと思う。

そして、彼女たちは会話する。

「本当に美味しいカモミールね。
きっとキレイなお花畑で素敵な夫婦が一生懸命摘んでるんだわ。
ちいさな女の子がお手伝いしたりなんかして、まわりではワンちゃんがかけまわって‥」

しかし、実際は違う。

カモミールとは全く無縁なガンジャ好きアメリカ人と、インド大好きパナマ人が、上半身裸で女の子座りしながら、
「あっついあっつい」
言いながらだらだらと摘んでいるのだ。

その後ろ姿はとてつもなく気持ち悪い。
写真でお見せできないのが残念なぐらい気持ち悪い。

そして、後ろでは日本人2人がこれまただらだらと、畑向こうのテーブルでは、メキシカン2人が、
「ビリビリブー! ビリビリブー!」
と歌いながら、いつものようにトランプゲーム。

こんな中で摘んだカモミールは、一体どんな味がするのだろう?

もしかするとその答えは、犬のみぞ知るのかも知れない。

バター犬に幸アレ!!

まあ、そんな話はどうでもいいとして、明日とうとうこの町に別れを告げる。

結局Campecheの水牛農家とは、タイミングが合わなかった為に断わった。
代わりに、Campecheよりだいぶ西に進んだ、同じメキシコ湾沿いに位置するVeracruzという町の農家で働くことになった。

偶然か必然か、その農家の夫妻が今日から一週間ほどこの町に来ている。
なので明日、Tianguisと呼ばれる
野外市場みたいなとこで会ってからベラクルスへと向かうことになった。
明日ここで出店するみたいだ。

これまた偶然か必然か、いま働いている畑で取れた作物も、毎週土曜日にtianguisにて出店している。

人と人との縁とは、こういうもんなのかもしれない。

シンクロニシティ的な出会い。
きっと次の旅も楽しいものになりそうだ。

アンドレスとサヨナラするのは辛いけど、よくよく考えたらアンドレスは六月にベラクルス来るみたいやし、縁があれば同じ農家で働けるやろう。

パナマ人サウロはカナダに行くみたいやが、パナマに行くことがあればメールくれたら家族に言うとくみたいなことを言ってくれたので、パナマに行けば、サウロの幼き日の思い出に触れることが出来る。

るろうに剣心が好きらしいから、漫画置いてるかもしれへんし。

ファロンは2日前に出ていった。
メキシコシティで働くみたいやが、ミサイルを落としたあとはキチンと流すということを早々に学ぶべきだろう。

そして、新しくきたキャルシーは、とにかく大きい。

そんなこんなでサンクリ最後の夜。
週末だ!


週末といえば、
高木まひことシェキナベイベーズ。
”Rock'n'Rollが呼んでる”
を聴いてテンションをあげよう!

週末こそはビールとビールとビールで~!

そして、酒場へ行こう!
もちろん安酒場!

スーパーで売ってるビールに7ペソ(50円ぐらい)追加するだけで、ツマミがついてくる安酒場。

下手したらツマミ分、店が損してる感まんさいな安酒場。

ここで飯食ったら、確実翌日腹下す安酒場。

最後の夜は、michelada(ビールにライムとかタバスコが入ってるカクテル。バカウマ)で乾杯やぁ!

ビリビリブー!

FANDANGO〜狂った夜のもらい乞食〜

ほろ酔い気分で町へと繰り出した三人。
経済大国出身のわりに金のない阿呆共が、雁首そろえて一体どこへ向かうというのだろうか?

ここはいうなれば観光地。
皆それぞれにわっさわっさと金をばらまく場所であるから、貧乏人には肩身が狭すぎるってもんだ。

5分ほど歩いただろうか、アンドレスが立ち止まり指をさす。

「この店に入ろう!」

彼が指さした店は、”Revolución
”という名のBARだった。

Revolución=革命。

クーバ・リブレを呑んだ後に、革命という名の店を選ぶとは、アンドレスもこれでなかなか粋なはからいをするアメリカ人ではないか。
どうやらまだ、頭がイカれたわけではなさそうや。

ちなみに、Cubaでは町の至る所にRevoluciónと書かれている。

それにしても、彼はここで一体どんな革命を起こそうというのだろうか?

まさか散々食って呑んでした後、仲良く食い逃げしようぜとでもいうのか?

確かに、日米間でさまざまな条約を結んでいるのかもしれないが、仲良しこよしで食い逃げするなんて条約は結んではいないだろう。

食い逃げ革命を起こすような奴とは友達にはなれそうもない。

ごめんや。

だが、ポコチンさらけ出してマリフアナ吸いながら、
「ハル~。ユウキ~。ぶりぶり~」
なんて叫び、笑顔でメキシコのPolicíaに連行される。

そういった革命を起こしてくれるというのであれば、僕らは一生アンドレスと友達をやめないだろう。

国境を超えたベストフレンドになれるハズだ。

席につき麦酒を頼む。
日本語しか話せない日本人と、日本語の話せないアメリカ人が、なんやかんや話をしている。
ジョン万次郎とペリーが会話をしたとして、きっとこんな感じやろう。

アンドレスが席を立った。
きっと便所にて一服しているに違いない。
捕まる準備は万端なのか??

2人で呑んでいると、メキシカン2人に相席をお願いされたので、一緒に呑むことになった。

アンドレスが戻ってきて、五人で話をする。
っても、僕ら2人は蚊帳の外。

隣のテーブルに置いてあるビールピッチャーを、なんとかバレずにパクる方法をひたすら考えるのみだ。

そんな悪だくみを考えていたら、あっちゅー間に三人の酒はなくなった。

僕は悩んだ。
革命を待つより革命を起こした方がいいのではないかと。

いつも世話になっているアンドレスの元に、そっとピッチャーを届ける。
そして彼が喜ぶ。

そんな笑顔革命を起こそうと、財布の中身を確かめたあと、95ペソもするピッチャーをウェイトレスを捕まえ注文した。

そして席に戻った。
するとアンドレスが、何語かわからない言葉を語りかけてきた。

こちとらラムで若干酔っている。
日本語すらわからない状態なのに、外来語で語りかけるなどホントやめて欲しい。

はっきり言って迷惑だ。

しかし、待て。
これは! まさにこれは!
吉報な予感。

メキシカンが酒をおごってくれるということを、彼は伝えようとしている。
そんな感じがヒシヒシと伝わってきた。

僕は、どの国の人間が何語で話そうとも、酒をおごってくれるということに関してだけは、理解出来る自信がある。

なんとなく雰囲気でわかるのだ。

そして、今がおごってもらえるとき!

ということはだ。
先ほど頼んだピッチャーは、いち早く断らなければならない。

でなければ、おごってくれるであろうビールは、雲の彼方へと消えていってしまうからだ。

僕らはダッシュでウェイトレスの元へ向かった。

そして、
無我夢中で注文の取り消しを行った。

ウェイトレスは、今まさに注がれようとしているビールを、間一髪でとめてくれた!

彼女は最高のウェイトレスだ。

僕らは心から謝り、そして感謝し、あの人はガンジャし、席に戻った。

もし、このときの僕らの行動の一部始終を誰かがビデオで捉え、YouTubeとやらでUPしたならば確実に、
”惨め  日本人 ワラ”
”ニッポンの恥さらし”
などのコメントをつけられていただろう。

それほど僕らは必死だった。

アンドレスの笑顔が見たいなどとぬかしていながら、自分たちがタダで酒を呑むことに必死だった。

ええ大人がなんとも恥ずかしい姿をさらしたもんや。

だが、恥や外聞よりも、ビールがタダで呑めるということは、何よりも大事なことなのだ。

‥少なくとも僕らにとっては

メキシコの観光客に酒をおごってもらいノリノリになった三人は、同じくノリノリなメキシカン2人と共に、うさんくさいカリビアンミュージシャン・パンチョ(ファロンの友達or彼氏?)の奏でる音楽に乗って踊る!

演奏が終わり、Revoluciónを後にしたあと、また違う酒場に行くことになった。
もちろんメキシカン2人も一緒だ。
その理由は言わなくともわかるだろう。

僕ら三人は身なりこそキメてるつもりなものの、先進国を代表するもらい乞食。

同情がエサ。
鳴くだけが取り柄の雛鳥のように、親鳥がエサをくれるのを待つばかりかついて回る。

なかなかタチの悪いクソ人間だ。

二軒目につく。
酒を注文!

子供連れと勘違いされ、ガードマンに入店を拒否されたが、しばらく話すうちに仲良くなり、中へと入る。

ここでもLIVEやってるんや~とおもたら、またまたパンチョ登場。

普段は、昼間っから長渕ヘアーの友達と共に、プラプラする姿しか見かけへんが、なかなかよく働く人や。
少し見直した。

これからはパンチョさんと呼ぼう。

ビール片手に、ボブマーリーのような彼の歌声に酔い、酒に抱かれ、狂ったように踊る!
もちろんツイスト!

気がつけばもう2時前。

メキシカンに別れを告げて宿へ帰る。

倒れるようにベッドで寝そべったあと、翌朝アンドレスに言われたことは、
「ハルはロコだね」。

Loco=クレイジー。

彼からしたら、僕は狂った日本人。
そう思われたなら本望だ。
狂ってるなんて最高の褒め言葉だからだ。

しかし、あんたもなかなか狂っているよ。

この町にいるのもあとわずか。

狂った夜にあらわれるという、先進国のもらい乞食たちは、あと何度、人さまからほどこしを受けるのだろう?

それは僕らの気分次第だ。

2011年4月22日金曜日

FANDANGO〜鳩になりたい〜

ファンダンゴと聞くと、ライブ好きさんは真っ先に十三ファンダンゴを思い浮かべるだろう。

そして、ライブに無関心な方は、なんとなく響きいいなぁぐらいにしか思わないだろう。

そして、僕たちは今後サンクリストバルを思い出すだろう。

Mercado(市場)近くのスーパーで発見したラム酒 ”FANDANGO”。

ファンダンゴとはスペインのダンスのこと。
陽気なダンスだそうだ。

て、ことはこれを呑むと陽気に踊れるのだろうか??

まあ、それはさて置きとりあえず購入することにした。

外面には、AÑEJOと書いている

確かに琥珀色してはいる。
が、きっと着色してるんだろう。
樽には漬けてはいまい。
なぜなら超がつくほど安いからだ。

その値段ナント、一本27ペソ(約200円)。

ベトナムで購入した、クソまずラム ”メコンラム”とタメをはる価格。

まずい可能性大な酒だ。

もしも、クソまずかったなら、僕らは泣きを見る。
なぜなら940mlもあるからだ。

だいたいウィスキーにしろ、ラムにしろ、ボトル酒は700か750が基本。
プラス200ほども多いのだから、二~三杯は切ない気分を味わなければならない。

切ない気分と言えば、買って帰ったボトルが700やった時ほど切ない時はない。

なんで700のボトルなんて作るねん!
と、言いたくなる。
50mlの差はデカイ!

50mlと言えば、気前のいいBARで呑む酒の一杯分はある。
てことは、一杯分損したっつーことや。

もしもこの世に、
”ボトルに物申す会”
なんてのがあるならば、即座に入会し声を大にして、
「700やめろ! 700やめろ!」と、叫ぶのだが、残念ながら現在は地区子供会なので、大人に言われるがままにうなずくことしか出来ないでいる。


無事に帰宅し、まずはストレートで呑んでみた。

「ん? なかなかイケるではないか!
てか、うまいやん」

若干ウソくさい味はするものの、なかなかうまい!
度も38あるし十分酔える。

ただ、確実に悪い酒なのはたしか。

だがまあいい。
どうせ酔ってさえしまえばこっちのもん。

こんなイカれた世の中じゃあ、こっちもイカれなつきあいきれない。
だから、十二分に安酒を呑んでイカれてしまえばいいのだ。

翌日。
アンドレスを誘い、共にファンダンゴをクーバ・リブレにして呑んだ。
日本ではキューバ・リブレ

アメリカではラム&コーク。

知らない人の為に説明すると、まんまラム酒をコーラで割るだけのコクテル(カクテル)だ。
ライムを絞ればなおウマし!

ちなみにコーラと言ってはいるが、僕らが買ったのはペプシ。

何故ならば、メキシコではコカコーラ2.5ℓが20ペソなのに対し、ペプシは同量で15ペソ。
5ペソも安い!

そして、5ペソ(約40円)あれば、ライムが7〜8個買える。
メキシコではライムが一つたったの5円ほど!!

日本なら安くても100円。
成城石井みたいな金持ちスーパーやと200円。
Muy caro!
高い! 高すぎる! アホか!


アレハンドロはリッチにコカコーラを飲んでるというのに、ハポネッサは40円ケチッてウソのコーラを飲んでいる。

まあようするに、
「何呑んでんの?」
と聞かれて、
「ビール!」
と言いながら、発泡酒を呑んでるようなもんか。

ツマミを食べながら、クーバ・リブレをやる。

すると、アンドレスが言った。

「今日レストランでギターライブやってるから行かん?」。

そう、僕らが寝泊まりさせてもらってるレストランでは、ちょこちょこライブが開催されている。
なんせ100人ほど収容出来るスペース。

使わな損。

呑み散らかした物の後片付けをし、レストランへ向かう。

徒歩5秒。

着くと、結構な客の入り。
なかなか人気があるようだ。
ボヘミアンな感じのボッサ系ライブ。
なかなかいい。

こんなライブ、タダで聴けるのもボランティアの特権!
と、思たら大間違い。

ライブ代を払う代わりに皿洗いでご奉仕。

21世紀の世の中で、金がないから体で払うなんてことしてるのは、きっと地球人ぐらいなもんやろう。

宇宙人が聞いたら、鼻で笑うどころか鼻くそつけられるわ。

皿がたまれば洗い、洗い終われば歌を聴く。

もちろんご褒美の酒などない。
わびしく目をつぶり歌を聴くだけ。
なんとも辛い!

するとアンドレス。
「いっぺん部屋戻ってラム酒呑んでからこよう」

なかなか知恵のまわるアメリカ人だ。
意地でもこのレストランでは金を使わないつもりなのだ。
イカした考えや。
賛成だ!

徒歩5秒で宿へもどり、FANDANGOを呑む。

しかし、ゆうちょうに呑んでいる時間はない。
Por que(なぜなら)ライブが終わってしまうからだ。

なので、一気に呑んで、ダッシュで戻る。
その姿はまるで、我慢出来ずに会社の便所で隠し持ったワンカップを急いで呑む、アル中リーマンのようだ。
とても醜い。

そして、アンドレスに関しては、ガンジャも吸わなければならないので大変だ。

酒を呑み終えたら、自ら巻いた悪いタバコを一吸い。
そして、揉み消したあと胸ポケットに入れる。
再び吸うためだ。

一本のタバコを一吸いしては消し、再び火をつけては吸い、また消す。
わびしい。
心からわびしい。

もしも、このときに神様が現れて、なにか違う生き物に生まれ変わらせてあげるよ。
と言ったなら、僕らはすぐさま、
「じゃあ鳩にしてください!」
と、言っただろう。

なんせ鳩は、
ポッポッポ~ 鳩ポッポ~
豆が欲しいか そらやるぞ~
と、歌になるぐらい、タダでメシを食える存在だからだ。

それに比べ、僕らはさまざまな出来ごとにより、鳩が豆鉄砲くらったような顔をすることはあっても、金がなければ豆すら食えない。

なんもせずとも飯が食えるという、鳩以下の存在である人間。

そんな人間からタダで豆をもらうことが出来る鳩。

鳩と人間はとてつもない関係で成り立っている。

なんだかむしょうに腹が立ってきた。
これからは鳩に豆などやらずに
豆鉄砲をくらわせたろう。

うん、決定や。


そうこうしてる間にライブは終わった。
一気呑みのせいで酔っぱらったのか、ガンジャで気分がよくなったのか、勢いづいたアンドレスが、
「別の店で酒呑んで踊ろう!」
と言ったので、あくまでもここではなく、別の店で金を落とすことにした。


節約ガンジャマン・アンドレス。
そして、アル中ビンボニスト・ハポネッサ。
貧乏この上ない三人は、風邪で寝込んでいる、特大ミサイルランチャー・ファロンを置いて、夜の町へと繰り出したのだった。

2011年4月20日水曜日

酔いどれオヤジーPOSHに死すー

Diecisiete de abril-domingo-(4月17日の日曜日)。
予定どおり、San Juan Chamulaという村へ行ってきた。

二年前同様、なかなか開けた観光村。

路上には民芸品が数多く並べられ、村のあちらこちらで現地の方が織物などを売り歩く。
観光客は、それをなるだけ安く購入するために値切る。

当時は、僕らもその観光客のうちの1人やった。

だが、今回は目的が違う。
すべてはPOSHのため!
その為に1人10ペソも払い、corectivoに揺られてやってきたのだ。

アンドレスとファロンはチャリで後から来るとのことなので、一足先にPOSH探しに繰り出した(多分、アンドレスたちの目的は酒ではない)。

とりあえず騒がしい中心地を抜けて、外れへと歩いた。

もしかしたら、中心地の呑み屋にあるのかもしれないが、なるだけ現地価格で安く仕入れるのが貧乏人の生きる術。
調子こいて金持ち感覚でゼニをばらまくと、あとで泣きを見る!

「仕事で頭を使うんやない!
   安酒の為に頭を使うんや!」

5分ほど歩いただろうか、まったく何もなくなってしまった。

とりあえず商店のおばちゃんに聞いてみる。

「Tiene posh?(poshある?)」

「知らん」

え? 無いならまだしも知らんて!

どーゆうことやと思いつつ、ひたすら歩くが、どこの商店にも麦酒すら置いてる気配がない。
置いてる飲み物といえば、ソフトドリンクか水ぐらいなもんや。

もしかしたら、店で呑むしかないのんかなぁ??

ちょっぴり諦めかけていたとき!

素晴らしき光景がしっかりと目に飛び込んできた!

砂糖やサルサや洗剤などの、日用雑貨のみが置いてある商店で、店主と客のおっちゃんが手にしている物。

それはあきらかにCerveza(麦酒)であった。

真っ昼間から呑んでるようなやつは、確実に知らんはずがない!

ダッシュで聞きにいく。

「Tiene posh?」

「ここにはないわ」

ここにはないと言うことは、どこかにあると言うことで、存在を知っているからこそ言えるセリフなのは、猿にでもわかる簡単な答え。

即座に返す。

「Donde esta comprar?(どこで買えるの?」

※ちなみにちょこちょこスペイン語間違えてる可能性大!

すると、お客のおっちゃんが横から口を挟む。

「どれぐらい欲しいんや?
一本か半分か?」

「半分でなんぼ?」

「ここで待っとけ!」

おっちゃんはそう言うと、ささっと出て行った。

値段に対する返答はなく、ポケットの中にある200ペソで足りるのかどうか、不安だけが襲いかかる状況下で、とりあえず麦酒を頼んでみた。

「Señor dos cerveza por favor」

「Si」

「Cuanto?(いくら?)」

「ん~。24ペソ」

一缶10ペソの麦酒がたった2ペソ追加しただけで呑めるなんて、なんて良心的な店なんやと思ったのもつかの間、よくよく考えるとここはBARでもなんでもない、ただの商店やということに気づく。

じゃあ何故、ここで2人が麦酒をカウンター越しに呑んでいたのか?
それは、すぐに答えが出た。

店の端っこに置いてあるダンボールから、渋り渋り持ってこられた麦酒。

当たり前だがヌルい。
冷蔵庫ではなく、ダンボールに入っていたのだから当然だ。

そう、ここはBARではない。
ということは、この麦酒は売り物ではなく、店主とオヤジが昼間っからへべれけする為に置いてある私物だっというわけだ。

て、ことは、2ペソぼられたわけだ。

いや、まて、良い風に考えよう。
町で購入したのだとすれば、町からここまで車で30分。
ガソリン代と考えるなら安いもんや。

うん。それしかない!

椅子に腰掛け、生ぬるい麦酒を呑む。

うまい!

冷えてようが、冷えてなかろうが、昼間から呑む酒というのは、どうしようもなく美味いもんや。

ぷは~っ!
と、一服していると、オヤジが帰ってきた。

だが、手ぶらだった。

あれ?
あれれれれ?

もしかしてPOSHないの?

がっかりやわ。
麦酒代返してよ。
と、思ってたら、オヤジがふところから、透明な液体の入った、小さなペットボトルを取り出した。

ちょうどあの、なんでなんかわからんぐらい小さいポカリのペットボトルと、同じぐらいのサイズの物やった。

「これがPOSHやで」

まぢで!
やったあ!

ご丁寧に小さなプラスティックのコップまで、用意してきてくれているではないか!

何故3つあるのかは不思議やったが、とりあえずストレートで注がれた酒は、僕とゆうきちゃん、そしてオヤジの手もとに落ち着いた。

「お前が呑むんかい!」
とは、ツッコまずに爽やかな気持ちで乾杯をした。

初めて口にするその透明な液体を、恐る恐る口に運ぶ。




…きっつ!!

第一印象はその一言だった。

なんつーんやろう?

焼酎にスピリタスを足したような、ほんのり甘く、呑みにくく、確実に悪い酒やとわかるような、だがとても愛おしい味。

性悪やけど、どこか憎めない女とキッスしてるような‥

好きや。
僕は好きな味や。

度数でいえば、40度あるかないかぐらい。
クセが強いのでテキーラより強くは感じる。

店主がいうには、
「POSHはこの村のTradicionalな酒で、cañaとmaizで出来てるんだよ」
だそうだ。

さとうきびと、とうもろこしか。

僕は酒仙を目指しているだけであって、その道の達人を目指しているわけではないので、難しいことは言えない。

だから、この酒を一言で例えるなら、
「ラム酒と、樽に漬ける前のバーボンを、足してから2で割った酒なんちゃうのん」
だ。

まあ、そんな酒&麦酒をチェイサーがわりに呑んでいくと、次第に酔いもまわる。

オヤジはしつこく何度も、
「ジャッキー・チェンは日本人か?」
と尋ね、
僕らはそのたびに、
「違うよ」
と、答える。

店主は会話に入りながらも、サッカーの行方が気になるようで、ちらちらTVを横目で観る。

オヤジの右の鼻の穴からは、ぶらぶら黄緑色の物体が揺れ動く。
僕はそれを見て、ただひたすらに笑いをこらえながら、酒を呑み続けるだけだ。

オヤジは言う。
「もっと酒が欲しくないか?」
と。

そら欲しいに決まっている。

はいと答えると、オヤジは再び姿を消す。

そして、すぐに戻ってきた。
が、また手ぶらだ。

だが、今度はふところがぷっくり膨らんでいるのがわかった。

どやっ!
と、ばかりに隠しもった酒を出す。

「おお~!」

リッターボトルのビール参上!

これには一同大喜び。

しかし、栓抜きがないと言い出した。

何べんも言うが、ここはBARではないので、すぐに栓抜きが出るはずもない。

「この酔っぱらいめ! どアホ!」
なんてことは言わない。

これまた何べんも言うが、酒仙を目指すと言うことは、いついかなるときでも、酒を楽しむということ。
てことは、栓抜きの1つ持ってるのが当たり前の話なのだ。

そそくさと、自前の栓抜き付きソムリエナイフを取り出し、栓を抜く。

うまい!
人の金で呑む酒とは、何故こうも美味いのか?

それは答えるまでもない、ふところを気にしなくていいからだ。

そう言えば先週末も、現地人にビールをごちそうになった。

メキシコの酔っ払いは気前がいい。

Bien!!

テンションは最高潮に達し、酔っぱらい三人は、夜ストを聴きながら踊る!

オヤジはトラブルボーイズが気に入ったらしく、ずっと、
「トラブルボーイズ!」
と叫ぶ。

メキシコの酔いどれも、夜ストが好きなようだ。

Muy bien!!

そんなこんなで時間がたつと、アンドレスとファロンのことを、すっかり忘れていたことに気づく。

そろそろお開きな時間かな?
酔っぱらいもほどほどが一番。

「帰るわ」
というと、
「まあこっち来い」
と、店の真ん前にあるオヤジの家に案内された。

鼻くそぶら下げた酔いどれオヤジの家は、なんともキレイな三階建て。

この酔っぱらい金持ちか!
どうりで気前が‥

こうなってきたなら話は別。
アンドレスとファロンも呼んで、わいわいするしかないがな!
と、思っていたら、嫁はん登場。
かなり怒っている。

挨拶もなんなく無視され、険悪なムードに。

これはもうすべてオヤジのせいだろう。

普段マジメにしてれば、酔いの一回、二回はスルーしてくれるはずやし、どこの馬の骨かわからんやからを連れてきたかて、
「わ~お、日本人? おーいぇー!」
で、済む話。
が、きっとこの酔っぱらいは、毎週末昼間っから酒を呑んでは、どこの馬の骨かはわからんやからを連れこんでいるのだろう。

嫁はんの切れ具合でわかる。

とばっちりくらうのはごめんなので、そそくさと退散。

オヤジは不機嫌そうにサヨナラを言う。
きっとこの後は、嫁はんからかなり絞られるんやろう。

死んだなオヤジ。
Good by Adiós さようなら。

僕らはchingana(安酒場)へ行く金もなく、コレクティーボに揺られて宿へと帰った。

結局、最初のビールしか金払ってないので、POSHの値段は分からずじまい。

まあ、酒ってだいたいそんなもんやろう。

来週からは、結局水牛と格闘することにした。

水牛の乳焼酎に期待して、いざcampecheへと向かおうではなかろうか!

2011年4月17日日曜日

日々の仕事

ここに来て、二週目の仕事が終わった。

毎朝7時にニワトリの鳴き声で起こされた後、だらだら準備。

8時に朝食を持って出かけ、市場前からcorectivoに乗って農家へと向かう。

ここでは、レタス、にんにく、ニンジン、コリアンダー、いちご、ブロッコリー、セロリ、ジャガイモ、小麦etc‥
主に野菜を作っている。

小一時間ほど働いたら朝飯を喰らう。

ボスのアレハンドロとエステバンは、トランプで賭けをしながら時間を潰し、僕らはひたすら雑草を抜いては一輪車で運び、水をまき、肥やしをまく。

そして、2時すぎになれば、再びcorectivoに乗って宿へ帰るのだ。

ちなみにCorectivoとは、14人ぐらい乗ったらパンパンなるぐらいのミニバスみたいなやつや。

一服して、3時半になったら、レストランで高級ベジタブルビュッフェをタダで食す。

なんせ一食1人100ペソ!

約700円ぐらいやから、日本の定食と変わらへん。
高いよ。これはマジで贅沢や!

プライベートやと一食25ペソ(200円足らず)を2人で食べてるっつーのに。

まあ、平日はだいたいこんな感じで過ぎていった。

農場が山にあるため、陽射しはキツイし、空気は薄い。

初日はめまいと耳つんぼ、からだのだるさに襲われた。
ゆうきちゃんにいたっては、目の前がモザイクがかったぐらいや。
まあ、2日目からは普通やったが。


そして、土曜の夜はアンドレスの友達の家に酒を持ち寄って集まり、宴会をした。

やつらはハッシシが大好きや。

こちとらオンリーロンリーアルコールだが。

そして、出来上がったらクラブでサルサ to ナイト!

コカインやマジックマッシュルームを売りつけようとするバイヤーをパスして、ダンシング to ナイト!

そして、疲れ果てベッドで深い眠りに着いた。

てか、この仕事めちゃくちゃ楽やん!
と、思ってたら今週はなかなかハード!

丸太運んだり、50kgある土担いだり、一気にへこたれかけた。

だから、昨日はサタデーナイトにもかかわらず、早く寝た。

今日は昼からアンドレスとファロンと四人で、Sanfuanchamuraっつー村に行く。
サンクリストバルにPulqueはないが、代わりにここには、POSHっていう強い酒があるらしいので楽しみや。

二年前この村を訪れた時には知らなかった。

驚いた!
わ~お!
これやから旅はやめられへん。

行くたびに新しい発見がある。

そこには、初めて乳首をいじることの気持ちよさに目覚めた、中二の夏のあの感動がある。
楽しみや。

しかしながら、この町の風に呑まれて風化していきそうな中で、日々思うことはここが約束の地ではないということだ。

二年前に抱いた気持ちはしょうみ薄れた。

この町も人も素敵だが、この町に住むという意識はなくなった。

なぜなら観光地だから。

やっぱり住むなら田舎がいい。

あまり人の多くないところがいい。

それと日本人が1人もいない方がいい。

サンクリストバルには日本人が10人近く住んでいるみたいや。

こないだかるく会ったが、あきらかに別世界の人間やった。

一緒に一献やりたいと思わなかった。

心のチンポが勃起しなかったので、その日本人たちとはメンタルセックスは出来そうにないなぁと感じた。

抜き差しならないのであれば、乗るか反るかで言えば反っちゃうわけだ。

乗れないのであれば、のれそれ出来ないYO!

あと一週間で、ここでの仕事は終わる。

そのあとは、Campecheという夕陽がキレイな要塞都市にて水牛と米を育てる予定やったが、最低二ヶ月は働かないといけないという条件がついてきた。

VISAの問題があるので、只今変更に向けて他の農家の方にメールしてるとこや。

しゃあけど、僕らの約束の地はいったいどこなんかなぁ~?

とりあえずは残り一週間、ロックを聴きながら雑草を抜こう。

ファック!!
ロック!
ファック!!
ロック!
ファック!!
ロック!
POSH!!!!

PS.アメリカでは現在、ヒップホップが主流らしく、ロックンロールを聴くのは若くない50代のオジサンぐらいらしい。

2011年4月10日日曜日

Agricultura(農業)

4月4日(月)に、受け入れ先農家のkippyさんが経営するレストラン、CASA DEL PAN に向かった。

少し不安やったが、無事に出会い、ひととおり挨拶を交わし、同じボランティアのAndresと Fallonを紹介してもらったあと、待ってましたと言わんばかりの問題に差しかかった。

「あれ? スペイン語話せないの?」

「うん。英語も無理」

「でも、メールはものすごくスペイン語上手だったじゃない?」

「あれは辞書やらネットやらで調べて書いたんです」

「なるほど」

一瞬、間があいたので、帰りなさいと言われるかなと思い、退散を覚悟する。

が、
「じゃあ、部屋案内するわね」
と、快く迎え入れてくれた。

ラッキー!

やはり運だけはええみたいや。

そんな感じで2人は、翌日から、MexicoでAgriculturaをすることになった。

アメリカ人2人と、僕とゆうきの計四人が、小さな部屋で寝泊まりする。

なかなかスリリングな生活ではないか。

アンドレス(男)と、ファロン(女)。
はる(男)と、ゆうき(女)。

日米対決が始まりそうな予感や。

しかし、小便でも行こうかなとトイレに入った瞬間に、この対決は早々に決着がついてしまった。

用をたすため、便座のフタを開ける。

するとそこにはアメリカンサイズのかりんとうが、プカリプカリと浮かんでいるではないか。

これにはさすがにノックアウト!

一体誰が?

そういえばさっき女性の方が??

いやいや待て待て。
ナンボなんでもそれはないやろ?

もしかしたら男性の方かもしれない。

そう思いながら、あっという間に夜になった。

僕は息を殺し、その時が来るのを待った。

そして、その時は来た!

女性の方がトイレに入ったのだ!

大か? 小か?
半か? 丁か?

時間は刻一刻と進む。

そして、明らかに大ほどの時間が過ぎて、彼女は出てきた。

その後、ゆうきちゃんがトイレに入る。

「ウンコ流れてない~」

やはり犯人は彼女だった。

日に二度も特大のブツを流す人に、僕らは勝てるわけがない。

ミサ~イル~   ミサ~イル~

彼女が放つミサイルは、確実に僕ら2人を打倒すために、捻り出されたモノなのだ!

そもそもウンコは流そうよ。
と、言いたいが、ウンコは流さない主義なのかもしれないから、それは彼女の勝手だ。

彼女が民主主義だろうが、社会主義だろうが、ウンコは流さない主義だろうが、別に世界を悪に染めるわけではない。
むしろ、ウンコは流さない主義の方が、地球にとってはいいのかもしれない。

気持ちいいほどの敗北感。

僕はこの人たちと仲良く出来そうだ。

英語とスペイン語は話せるのに、日本語はまったく話せないというちょっぴり変わった2人だけど、仲良くやって行けそうだ。

2011年4月4日月曜日

昼間のうんこ! 夜中のうんこ!

本日、受け入れ先の農家の方が経営しているカフェの場所を確認しに行った。

初めは、もともとゆってなかったTianguis Organicoとか言う場所に行ったが、市場があまりにも広すぎる為、断念。

なんで、最初から聞いてたCasa del pan へと向かった。

現地人に聞いてようやくたどり着いた瞬間、発見出来た喜びと、うんこを踏んだ驚きで、とてつもなく複雑かつ、幻想的な、思春期の頃の気分を味わいはしなかった。

ベタに運がついてるんやとしか思わんがな普通。
水たまりに足をツッコミうんこを落とす。
メキシコに来てもやってることは日本と一緒。

生まれ故郷・中島の、うんこ島を思いながら、メキシコ時間、深夜4時。

大量にうんこを出した。

踏みつけるうんこに、出すうんこ、同じクソなら出さなきゃ糞詰まりで卒倒!

なにわともあれ明日は運命の待ち合わせ。
来週の月曜日には、日本の被災者の方たちを支援するための活動も農家の人たちとするみたいや。

同じ国に住んでても悪いことする奴もいるというのに、遠く離れたこの国に、日本のことを思ってくれ、何かを起こしてくれる人がいる。

僕はこの国で、より一層心の豊かさというものを、学び。
そして、吸収したいと思う。

太陽の国・メキシコ。
でも、日本だって太陽の国や。

国民1人1人が太陽みたいに輝けるはずや!

ちなみに、アメリカ人が2人一緒に働くらしい。
それを聞いたマイハニーは、
「英語もスペイン語も話せるようになるね」
と、お気楽なことを言っているが、まったく言葉が通じず、ボディランゲージを駆使しつづける2人がペラぺラになるのはいつのことだろうか?

一ヶ月先か、二ヶ月先か、それともどこぞのアホが翻訳こんにゃくを作るのが先か?

こんにゃくは切り込み入れて、オナペットにでもしちまいやがれ!

2011年4月3日日曜日

メヒコについて3日目。

とりあえず無事にメキシコに着いた。
アメリカ経由やから、ややこしいかなぁなんて思っていたら、案外あっさり入国出来た。
帰りのチケットも、マイフレンドがっくんに頼んでキャンセルしてもらったので、好きなときに帰れる。
Cancunからバスでchetumalを経由して、目的地San Cristobal de Las casasへとやってきた。
色々な失敗を重ね、小便くさいバスに乗って、ようやくこの地に辿りついた。
やっぱりここは落ち着く。

WWOOF受け入れ先の方からもメールが来たし、バツグンについてる予感。
あとは、スペイン語のわからない2人を快く迎え入れてくれるかどうかや。

まあ、なんとかなるやろう。

それにしても、Wi-Fiはすごい。
携帯解約してても、ただでメールが出来る。
だいたいの宿がWi-Fiサービスを行っているから、タダでインターネットし放題や。

これで写真も添付出来れば万々歳やが、それはワガママというもんやろう。

Cervezaにサルサピカンテいれて呑んだら酔ってきた。
そして、毛虫に刺された腕が痒い。
まだ夕方やけど眠い。
タコス食って寝よ~と!

2011年2月24日木曜日

三十路VS味噌爺

昨日めでたく三十を迎えた。
三十といえば、いの一番に思いつく言葉第一位は、三十路やろう。

「俺もとうとう三十かあ。」
よりも、
「おいもとうとう三十路ぜよ」
の方がしっくりくる。
そんなこと考えてたら、ふと頭に味噌爺という言葉が浮かんだ。
そして、三十路と味噌爺が戦った場合はどちらが勝つのか?
と言うことを考えてしまっている。

無差別級異種格闘技戦。
「三十路VS味噌爺」
の始まりである。

2011年2月22日火曜日

マルタのやさしい刺繍

 『マルタのやさしい刺繍』というスイス映画を観た。舞台はスイスの片田舎。夫を亡くした婆ちゃんが、その悲しみから立ち直るため、新しいことをはじめようという話。
 ところがそれが、ハンドメイドのランジェリーショップやった為、周りからえらい反対されたり、軽蔑されたり、嫌がらせされたりする。途中断念しかけるも、友達の支えあって最後にはハッピーエンドを迎えるっちゅー、ほんわかした映画やった。

 この映画の中に、アメリカかぶれの加賀まりこ風婆ちゃんが出てくる。若い頃アメリカに行ったことがあるというウソをついたまま死んでしまう。

 彼女が死んだあと、ウソをついていたことに対して主演の婆ちゃんが、
「彼女のおかげで人生が素晴らしいものになった」
 と、とがめることなく逆に感謝するシーンでめちゃくちゃ泣きそうになった。

 これはホンマそうやなと思った。

 そもそもウソって何やろう?
 そして、ホントって何なのか?

 人を悲しみから救うためにつくウソは「救い」。
 人に希望を与えるためにつくウソは「希望」。

 そして、ホントのことってのは時に絶望や悲しみを与えてしまう。なら、別にいつもいつもホントのことだけ言わんでも、ウソばっかついててもいいんちゃうかなぁ。

 ホントのことばっかりを追い求める人は、くそくだらないモノばかりを見つけては、いつもボクラから夢をうばってしまう。わからなくていいことをわからせてくれてしまう、おバカちゃんにはうんざりや。

 イメージでつくウソは夢を描き、いつかボクラに宝物をくれる。この世界は夢で出来ている。宇宙と言う名のウソのイメージが描いた夢がこの世界。

 そして、そこに存在するモノすべてが宝箱。夢が入った宝箱。そのハコの中に宝を詰めるために夢が詰まってる。

 ホントのことばっかり追い求めずに、適度にやさしいウソを集めれば、ええ宝物が手に入るんやなぁ。
ってことを、この映画を観てなんとなく思った。

まあ、この映画はそんなことを伝えた映画では、まったくないんやけれどもね。 

2011年2月19日土曜日

4月からWWOOFERやぁ

 金なし、ビザなし、ツテなしの貧乏人が、メキシコに長く滞在する方法をここ数ヶ月悩み続けた。メキシコにはワーホリは無いし、言葉もしゃべれんから就職口もない。

話せなくてもOKなん発見!!
と思っても、
‘‘大卒必須‘‘ 
そんなんばっかりや。

 日本人宿なら、タイミング合えば住み込みさせてくれることもあるが、何つっても客が日本人ばっかやからおもんない。

 どないしようか~と悩みながら、パソコンにかじりつくだけの日々が過ぎていた。
 そんな中。ついに先月、長期滞在につながる一筋の光が見つかった。それが、タイトルにもあるWWOOFという存在や。

 今まで聞いたこともなかったWWOOFって言葉。いったい何やねんと思い調べてみると、40年前ぐらいにイギリスで始まった農業プロジェクトみたいなモノで、有機農業を行っている農家にボランティアで働きに行く代わりに、食事と部屋を提供してもらえるってものらしいことが判明した。

 このプロジェクトが出来た当初からそういう仕組みやったのかどうかは知らないが、今現在はそういう仕組みになっている。
 WWOOFはイギリスだけでなく世界各国にあり、もちろん日本にもある。そしてWWOOFプロジェクトに登録している農家を‘‘ホスト‘‘と言い、ホスト先に働きに行く側のWWOOF登録者を、うちうちで‘‘WWOOFER‘‘(ウーファー)と呼んでいるようや。

 「これしかない!」
 そう思い、早速登録することにした。が、これがまた難関の中の難関。メキシコのウーフ、‘‘WWOOF MEXICO‘‘は、オール英語表記。スペイン語表記にすることも出来るが、日本語しか分からないボクにはさっぱワヤや。

 それでもこれしか道はないと思い、ネットの翻訳サービスを駆使してなんとか登録。クレジットカードでしか年間登録費(2000円ぐらい)が支払えないため、恐る恐るカード番号を入力。
そして、カード会社に連絡して、無事登録費だけが引き落とされているのを確認したが、まったくログインできない。

 「だまされたんちゃうか??」
 と、疑心暗鬼になったが、1週間ぐらいしてようやくログインできた。理由はわからないが、時間がかかるみたいや。

 ログイン後、mixiみたくプロフィールや写真をUPする。もちろん英語orスペイン語。なんせメキシコはスペイン語圏なのだから、基本的には日本語は通用しないのが当然の話。日本語でUPしてもスルーされるのが落ちや。
 
 これまた、翻訳でなんとかかんとかスペイン語の文章を作り、プロフィール作成。べしゃり達者やと思われても困るから、
―スペイン語は話せません。今少しずつ勉強してます―
 と、付け加えて。

 そして、とうとう気になるホストさんへメール。するも、2~3日たっても返事はない。日本語しか話せんと、やっぱ厳しいんかなぁと、半ばあきらめかけていると、MYページにホストさんから1通のメッセージが、
―あなたたちを受け入れますよ。ぜひ来てください―

 この一言には、しょうみ今年一番テンションが上がった。しかもしかも、この農家はただの農家ではない。
 メキシコでWWOOFに登録しているホスト農家は現在74軒。うち、僕らが将来2人で住みたいと思っているSan Cristobal de Las Casasにはたったの1軒。
 そのたった1軒の農家。San Cristobal de Las Casasの農家からの受け入れOKメールなのだ。これでテンション上がらんなんてどうかしてるぜ。

 ってことで、3月30日に日本を出発。4月5日には、そこで住むことが決定した。メキシコでWWOOF。
 まずは夢へと1歩近づいたワケや。あとは、ESTA申請と、払い戻しOKの帰りのチケットを仕入れるだけ。日本とアメリカがイカれた考えしか持ってへんから困りますわ。

 誰もテロなんかおこさんっつーの。あんまりうるさいと、メキシコにある日本の領事館前でチンポに眼鏡かけて、一発芸‘‘たかじん胸いっぱい‘‘を、お披露目するぞ。人生アディオスや。

2011年2月12日土曜日

ゲテモノ

いやぁ酔ったね。
昨日は酔った。
サンデーぶりに酔っぱらった。
で、わけわからんブログがUPされてた。
酔うと出てくるもう1人の自分。
なんやハートなんたらて 笑

しかし、昨日食べたゲテモノはうまかった。
鳥ホルモンはうまいなあ。
毎日でも食べれるなあ〜
ロトシックスあたらんかなあぁ

2011年2月11日金曜日

ハートフルデイズ

地下鉄で息を巻くドブネズミ。
徘徊を日課とし、悪態をツバにしては、清らかなる世界をレールに乗せて嘆き悲しむ。
ロケットの先のほんの少しの憂うつを、まだらめいたWonderfulカウボーイの気分で、ナニを鬱めかす。
美人や。
それとなく美人や。
デストロンファッキンナイト!
あ、めーでーメーデー、何様day.
ロッキンチェアー

雪やぁ

と、朝からはしゃぐハニーを見て、今日1日がとてもハッピーな出だしになったことはゆーまでもない。

今日は急遽バイトが休みになったことやし、酒でもやろう。
もちろん日本酒。
雪を見ながら日本酒。
1人じゃさびしいからツレん家へ向かう。
一緒に一献やろうと言うと、即座に了解してくれた。
イエーイ!
昨日ロトシックスあかんかったけど、そんな気分は吹っ飛んだ。
つぎこんだ千円以上の楽しみを今日は味わおう。
にしても、平日やっちゅーのに、道も電車も混んどるし、仕方ないから写真はカナダドル。
そんな気持ちわかーるでしょ〜♪
情熱の薔薇を探しに行ってきます。

2011年1月10日月曜日

たまごかけごはん



 たまごかけご飯を食べようじゃないかと思い、朝も早よから米を研ぐ。
「冷たい!」
 嫌になりかけながらも米を研ぐ。まず一回。そして二回。これまた三回。研ぎが終わると冷水の勢いで二回洗う。
 一回だと合計回数が四回になってしまうので、必要ないかもしれないが二回にする。
この技法は昔、梅田の立ち呑み屋で、
 「四はあかん四(死)は、ナンボ呑んでも三までや!」
と、ベロベロに酔っ払ったオッチャンから聞いた言葉が関係している。
まったくあてにならへん言葉をあてにしている。まあ、あてなんてあってないようなものやし、いっか。

しかし、炊き立てのほかほかご飯に生卵をぶっかけて食べるたまごかけご飯に勝る、たまごかけご飯はないんちゃうかっちゅーぐらいウマイ!

 新鮮な生卵に醤油をかけて混ぜるっといいたいとこやが、ゆうきちゃんから教わった、
「たまごにかけずにご飯にかける」
というやり方を最近はしている。
 このほうが醤油の香りがひきたち、より一層に食をそそるらしい。そして、今まさに安定した職が欲しい。
 
 たまごかけご飯専用のタレやら何やらがあるらしいが、やっぱり卓の上の醤油かけるんが一番やと思う。
 これぞ庶民の味。サッと食えてサッと満腹満足になる。至極の一品。これを最初に思いついた人は天才や。
 ちなみにたまごかけご飯を最初に食した日本人は、岸田 吟香(きしだ ぎんこう)って人らしいけど、多分最初に食べた人ってのは他におるやろう。予想では、せっかちで秘密主義の江戸っ子や。
 「こんなサッと食えるうまいもん。お前らに教えられるかってんだ。べらんめい! てやんでい! おっと、おっかあ。て~へんでい!!」
っていいながら、ひそひそと死んでいったに違いない。

 それにしても、TKGってなんじゃい! たまごかけご飯の略でTKGって。ちゃんと、た・ま・ご・か・け・ご・は・んって大きな口を開けてハッキリ言わないと、間違った大人になるよ。
そういう風に略していいのは、STOだけ。
 そう、スペーストルネードオガワだけ。

 こんなしょうもないことを書いていたら、オカンが起きてきた。せっかくやから、食べへんかなあと思い、
「ご飯炊きたてやから食べぇな。今が一番いいときやで」

 ここで妙な違和感を覚えた。
‘‘今が一番いいとき‘‘
‘‘今が一番‘‘
このフレーズ、まさか!!

よくおばちゃんが、スーパーやら病院やらでハシャぐ子供を見て、
「いいねぇ。今が一番かわいいときやねぇ」
っていう、今が一番ちゃうんか?
何の基準で言ってるのかよくわからない、この‘‘今が一番‘‘。

早いトコ世界基準で決めてまわなあかんのとちゃうやろか??
もたもたしてたら新政党‘‘今が一番‘‘が出来てまうで!

今が一番。 イマガイチバン。 IMAGAITIBAN。TAMAGOKAKEGOHAN。

SO、たまごかけご飯の話でした。

2011年1月5日水曜日

あけおめことよろ今日この頃

Feliz año nuevo!

 年明け早々、鬼が島へ鬼退治へと出かけたわけですが、鬼どころか観光客もまったくおらず、閑散とした空気の中、ただただバスに揺られていました。
 そう、人はそれをオフ・シーズンといふのです。確実に夏に行くべき島だったのです。


それはもう島のおばちゃんのこの一言で理解できたのです。
 
「もうあれよ。バス乗って洞窟行かな、何もないよ! 食べるとこもないし!」

ここまでキッパリ言われると、逆にキモチがE~~~~~~~~!

そして頂上から眺めた景色もキモチE~~~~~~~~~~~!

絶対今度は夏にリベンジしちゃろう。
と、日本一の〇〇太郎は決意しました。


夕陽にAdiosを告げると、我が家では宴が…。

っても腹いっぱいやったから、正味寝たかったんやけどなぁ。

にしても、あまご酒ウマイね。
なかなかやるね。


もすこししたら30歳かぁ…。
三十路ってやつやね。

―古くから日本の一部の地域では、「三十路になった男性は木曽路を歩ききらなければならぬ」というしきたりがある。
山の中の険しい街道を、身一つで無事抜けることでようやく一人前の男と認められるのである―

という話を聞いたことはないが、三十路記念に木曽路を歩くのもオツやね。

かる~く一献やりながら。

そんなんもええんかもなぁ~!

2010年12月23日木曜日

もういくつ練ると‥

ホワイトソースは出来上がるのか?

若干、
「やめときゃよかったなぁ」
と思いながら、人生初のホワイトソース作りをした昨夜。
レシピの分量はまったく無視して、バターを思うまま大量に投入。
小麦粉をバッサバッサとふるい、ひたすら練る。

結局ミルクはまるまる一本使い、ようやく出来たホワイトソースは‥

「まいう〜」
と言いたいとこやが、イマイチよくわからん。

ただかなり濃厚や。

じっくりコトコト煮込んだ、パプリカの甘みたっぷりの鳥肉と野菜のスープが、台無しになるかも知れないという恐れを抱きつつも、自家製ホワイトソースをつっこむ。

ん?
これは?
いけるんちゃう?

スープがソースの濃厚さに少し負けたので、キューブブイヨンを入れたものの、手作り感満載のホワイトシチュー。

上手い!
今まで食べてきたシチューの中で1番うまい!

このシチューを食べて、1つわかったことがある。


「俺は天才だ」

2010年12月4日土曜日

今宵は

S bado noche.
久々ハジけるか!

なんせ8連勤どころか、結局13連勤なっちまったわけで。

そら屁も臭なるわけで。

明日ひさびさの休みなわけで。

しかしまあ、連勤でよかった。

これがこともあらうに、インキンだったなら、俺は泣いていただろう。
8インキンならまだ我慢も出来るさ。

だども13インキンなんて言われた日にゃあ、失神モンやでしかし。

エブリデイぽりぽり。
息子マルコポーロリ。

ただいま送迎車待ち。

今宵はs bado noche.

早々に黄金の液体とスペアリブを摂取しよう!

2010年11月23日火曜日

Hey men デジッてるかい?

今週は8連勤。
そして、ほぼ毎日残業や。

8連勤は昨日はじまったばかりやから、まだまだ終わりは見えない。

先のこと考えたら頭が狂っちまうから、昨夜は何も考えず、ただ1人叫びながらラムに酔いしれた。

エコポイントがどやこやゆーとるから、一昨年ミドリにテレビを買いに行ったが、人の多さと地上波の多さにこれまた狂いそうになった。

しっかしテレビ高いね。

きっと1つあたりの材料費なんて、飴ちゃん1つぐらいのもんやのになぁ。

生まれてはじめてテレビ買ったが、もう二度と買うことはないやろう。

地デジも落ちつきゃタダの箱。

きっとただ同然でたらい回しにされるんじゃろて。

2010年11月19日金曜日

いまさっき、話題の戦場カメラマンがTVで言ってた。
「学校に行きたくても行けないこがいる‥」

そやな、そうや。

僕は戦争は知らないし、出来るなら知りたくない。

悲しみは出来るなら少ない方がいいに決まっている。

避けられない悲しみは別として、わざわざ悲しみを生み出すのは、間違っている。

戦争のせいで、切ない思いをする子供たちがいるってのは間違ってる。


そして、彼が言うように、世界を見ることはいいことや。

知らなかったことを知ることができる。

じぶん探しなんてアホなこと言うつもりはないが、自分がアホみたいに生き続けることを阻止できる。

ヨーロッパでも中米でも、窓磨きや靴磨きをしている子供たちがたくさんいる。

他にも行ったことない国に、そういう子供たちは
たくさんいるやろう。

海外に行ったことで、学校に通えてたことや、なんやかんや飯食えてたことを感謝することが出来た僕は、しあわせもんや。

もし、ガキが生まれたら世界を見せたい。

それは、正月にハワイとか、ブランドもん買いにどこそこ行こうってのやない。

頭ではわかっていても、なかなか入ってこない現実を。
本当の笑顔を。
生きてることの価値を。

知ってもらいたい。

夜目を閉じれば、朝目は覚める。

その当たり前の行為をするだけなのに、国によってまったく違う。

もっともっと僕は知りたいなあ。

by.なんとなくセンチな夜に、酔いどれ日記を書いちゃいましたよ。

そして今、とてつもなく愛しのジェルソミーナを抱きしめたい!

2010年11月13日土曜日

マチルダにハマッて

先週日曜日に、梅田まで夜スト・マチルダ・たこさんライブに行って来た。

そこで、初めて‘‘踊ろうマチルダ‘‘を聴いて、ひさびさ背筋がゾクッとした。

YOUTUBEで見ると、
「いいなぁ」
ぐらいにしか思っていなかったが、やっぱりLIVEに行って正解やった。

めっちゃいい。
調子こいてCD3枚も買ってしまった 笑

あれから約1週間。
通勤途中ずっとマチルダを聴いている。

ジャンルとかよ~わからんが、アイリッシュブルーズとでもいうのだろうか?

ちょっぴり悲しげな、それでいて元気が出るような。
渋いかと思いきや、かわいらしい言葉にニコッとしてしまったり、難しい表現はめんどくさいので一言。

とにかくイイ!!

う~~ん。

今、白ワインのんでるんやけど、マチルダ聴きながらスコッチ呑もうかな。
ギネスもいいな。

休みのたびに呑んでるなぁ~。
いや、平日も呑んでるか。

まあ、いっか。

2010年11月4日木曜日

そろそろアメリカやっつけなあかんのちゃうか?

月曜から金曜まで5連休(正確には、飛び石みたいな感じ)。
夢の5連休のハズが、風邪ひいてバタンキュー!

嵐の六番目的存在こと、「ハル」です。


せっかくお天気もよく、おチンポをひなたぼっこさせるには持って来いの連休を、家ダニとにらみ合いながら、ハウスダストを放屁でやっつけるだけの連休を過ごしてます。

まさに無駄です。

が、そんな退屈な時間を過ごすだけではタマラナイので、メキシコ行きの格安航空券を調べまくった。

来年の3月から1年間有効の往復チケットが15万であった。

が、チケット購入時に330日間先までしか期間日を設定できないので、バッチリ1年間滞在しようと思ったら、正確には変更手数料入れて17万5千円。

それでも安い!!
…と思う。

行きも帰りもアメリカで一泊せなあかんのは面倒やけど、まあ安いと思う。

が、、、
アメリカを経由してメキシコやカナダなどの近隣諸国に行くためには、アメリカのビザがいるらしい。

「へ? なして? カナダもメキシコもアメリカじゃないや~ん。ジャイア~ン!」

バカボンのパパじゃないとわからないこの不思議な疑問。

詳しいことはよく分からんが、アメリカ的にはメキシコは国外とみなさへんらしい。

そう、だから、なんもしらんと、アメリカ抜けて90日以上メキシコおったら不法滞在なっちゃうってわけよ。

アメリカがNOビザでおれるんが90日間だけやからね。

…知らんかった。

ってことで、このチケット購入してメキシコいく場合はまずビザがいる。
それもアメリカの。

メキシコには180日ビザなしでおれんのに、アメリカ経由するってだけで、アメリカのビザがいる。
140ドルもする。

今世紀最大のワケ分からん問題が出ちゃったね。

出ちゃったよ~。

アメリカ領事館前で、
「ヤンキー! ゴーホ~~~~ム!!」
ってさけんでたイカつい人たちも、きっと今のオイラと同じ気持ちなんだろう。

アメリカ大使館のビザ申請に伴う注意事項としましては、ビザが必ずしも申請されるとは限らないから、申請されるまで航空券は購入しないでね。チュッ! だって。

そろそろアメリカやっつけなあかんのちゃうかと思う今日この頃。

それでもオイラの日本男児は、
「今日も元気に朝起ちぜよ」

ほらね。まったくやる気ナシ!

カナダまわるルートでトロ~ント行くかぁ!!

2010年10月24日日曜日

ひっかける。

天気の微妙な昼下がり。

もう少しすれば雨が降るだろうと言うことで、我輩たちは雨の降る前に、大坂城を見渡しに外へ出た。

大坂橋から眺める城は、なかなか貫禄がある。

ふと下を眺めると、小さな橋が目についた。

その橋の名は京橋。
京の橋と書いて京橋。

この文字を目にした途端、尿意が襲ったので、
イチモツをさらけだした。

ちまたではワルサーP-38と呼ばれているが、自分の中ではパイソン77マグナムと呼んでいる。

いや、ひょっとしたらサイコガンかも知れないし、最古ガンかも知れない。

そんなことはどうでもいいが、とにかく相棒から不浄なる液体を大量に発射した。

マイフレンドがっくんいわく、数年前にも我輩はこの場所で、放尿したらしい。

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体の中からありったけのサイコエネルギーを放出した我輩は、かなり疲れたので、大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)近くに棄てられていた椅子に座り一服。

堂々たる座り振る舞いは、まるでどこぞの将校のよう。

なんとも立派!!

こんな立派な日本男児が、まさか立ち小便をするとは思ってもみるまい。

しかし、ひっかけたことは事実。

数時間後、降りしきる雨に流され川へ溶けこみ、やがて水道水へ。

そして、今宵あなたの口元へ。

あーお、ナイストゥーミーちゅー!

2010年10月21日木曜日

プレミアもんの写真やで~

う~~ん。
気づけばブログを2ヶ月間も放置していたおバカちゃんなボク。

全国100万人のハルちゃんファンの方たちのため、ひさびさに近況報告書いちゃうよ~~ん(ホンマんところファンおるんかいな??)。

8月に片づけやらなんやらが終わり、9月から飛行機乗ってフライナウェイしようと思っていたのだが、お金がないことに気づく。

「どないしよ?」

目の前に立ちはだかった、とてもとても高い壁に頭を抱え、一週間ほど悩んだ結果…
凡人ではおよそ思いつかない結論に達した!!!!!!!


「そうや。働こう!!」

どっか行くにしても、店をやるにしても、この薄汚い地球という惑星では、お金が必要なのだ!!

根っからのボンボンだったボクは、

お札=ケツを拭く紙切れ
コイン=ボイン

としか思っていなかったのだ。

ってことで、盆明けから近所で働きだして早2ヶ月がたった。

毎朝毎朝、送迎バスに揺られて現場へと向かい、朝から晩までケンミンの焼きビーフンにピーマンを入れる仕事をしている。

あんまり入れすぎると、
「ケンミンの焼きビーフンにピーマン入れんといてやぁ~。 なぁ? なぁて~~…」
と、あの娘に怒られるので、ボチボチ入れている。

写真はピーマンをうまく入れれた後の、喜びの1ショット!!

どう?
なかなか作業着も似合うっしょ??

では、また、アディオ~~ッス!!

ああ、早く店したいなぁ~~

2010年8月11日水曜日

ちょんまげ 切るか 切らないか

8月9日を、ずっとファックの日やと思っていたが、先日友達の奥様に、
―8月9日=パンクの日―
と、教えてもらった。

なるほど。

ファックやなくパンク。

うん。
こっちの方がかっこいいなぁ。

まあ、そんなかっこいいパンクの日を最後に、堺筋本町を後にしたわけだ。

こいつとは7ヶ月間もファックを決め込んだが、この日が最後のファック。

もう2度と抱くことはあるまい。なんせファックはくせになる。ずるずるなカンケーは20代前半で卒業した。

キレイさっぱり新しいファック相手を探しに出かけよう!

ただ、なかなかファックを決め込んでくれる、最高の相手が見つからない。

あせらず探さないとすぐ別れるハメになるので、じっくり探すつもり。

ナンパか恋愛かお見合いかは別として、いい相手が見つかればいいなぁ~。


見つかるまでしばらくは働かないとあかんね。
この髪型で受かるんやろか?

う~ん、わからん。

昨日呑み屋で出会ったどこぞの社長さんは、
「うちくるか?」
ゆーてくれたけど、切るのが条件やったし、キッパリお断りした。

酒屋さんから、
「新地のちゃんとしたBARで働きません?」
と声をかけていただいたが、
「ボクがちゃんとしたBARって、似合わないでしょ?」

「そうですね」

え? じゃあなんで誘ったん????????????
てか、うちの店もちゃんとしたBARやし(笑)

まあ、ボチボチ探そう。
ガッツリ就職してまうと、なかなか抜けられない。
SEXが途中でやめられないのと一緒やね。

いや、なんか違うか。まあええか。

9月からバイトでもすっかぁ~!
いい場所を探しつつね~~。

てなわけで、連日連夜の行列のため、近隣からの苦情が殺到し、堺筋本町からお引越しすることとなったワケですが、もちろんウソですが、今までありがとうございました!!!!

ミュージシャンの方々、お客さん、そしてマイフレンド。
いろんな方にいろんなモノをいただきましたが、まだまだお返し出来てません!

今すぐには無理ですが、きっとお返しするので、その日を首をなが~~~~~~~~~~~くして待っていてください。

バッハハ~イ!

2010年8月5日木曜日

ロックンロールの真っ最中!

昨夜。仕事終わりでムショーにカラオケ行きたくなったので、カラオケに行くことにした。

とにかく叫びたくてたまらなかった!

なんともいえないはちきれそうな夜!

とびだしそうな気持ちを抑えて、チャリにまたがり向かうは塚本。

腹ごしらえに屋台でラーメンをすする。



めずらしくほぼ満席。ボクら2人が座ったことで満席になった。
1歩遅れて来たオッチャンは、席がないのでパチンコ屋のシャッターに背をもたれてど~~んと腰掛けた。

食べ終わってるおばちゃんが、
「ここどうぞ!」
と、言うも、
「いや、ここでいい」。

その後、団体が帰り空席になるも、
「1度ゆ~たんやから意地や」。

席に座ろうとはしなかった。

なかなかおもしろいオッチャンや。
この手のタイプのオッチャンは大好きや。

「あつっ!! あついわ~」

ドンブリが熱すぎてお盆をねだるところも、なかなかかわい気があってヨシ!

オッチャンは言う。
「最近の若いモンは付き合い悪いし、体力がない。わし今から朝まででもカラオケ行けるで。
なあ、大将!」


…危ないところやった。
危うく誘いかけた。

あと2~3杯、酒くらってたら、確実にオッチャンと3人でカラオケに行くところやった。

だいたいいつもそうや。

一杯呑み屋で隣になったオッチャンらと気が合えば、気ぃついたら何かをしでかしてる。

浅草で最後、商店街外れの民家前でぶっ倒れてたのには、さすがに驚いたが。

なんせ向こうのポリはひ(し)つこい。

何回でも何回でも、シャブ持ってないか取調べよる。

「ホンマ、一服盛ったろか!!」

ってなことをたびたびやっていても進歩がないので、今回はなんとか誘わず2人っきりのランランランデブー! ひでぶー! おならブー!


深夜のロッケンロールナイト!

シャウト! シャウト!! シャ~~~~~~~ウト!!!!!!!!!!!!!!!!

角ハイボールを角ロックにかえて、シャウト! シャウト!! シャ~~~~~~~~~~ウト!!!!!!!!!!!!

最高や~~~~~~!

そして、このだるさ。
最悪やぁ。

2010年8月1日日曜日

土曜の夜 日曜の朝‥

「ブギ大臣VSツイスト大臣」

やばかった!
とにかくやばいぐらいに凄かった!

このLIVEをここ、アレグリアで出来たことを今マジで感激してる!

とにかく最高に楽しいサタデーナイトやった!

うお〜〜!
って叫びたくなるぐらいの気持ちやぁ!

そして、もちろんのこと酔いどれ大臣は潰れている。

日曜の朝を過ぎても潰れている。

早く起きないと帰れないよ、ゆうきちゃん 笑

1人麦酒をやりながら、ハード&ルーズを決め込む俺。

もちろんタバコは吸えない。

格好だけや。

ハードボイルド決め込むんも、結構大変なんよ〜

ぼちぼちハイネケン買いにいこかな。

恋人はポプラ。

2010年7月31日土曜日

酔いどれ大臣君臨!!

とうとうこの日がやってきた!

「ブギ大臣VSツイスト大臣」

7.31事件と呼ばれるであろう今夜。

イカれたやつらの雄たけびで、酔いどれ大臣を降臨させておくれよ!

とりあえず床屋行ったし、今からBEER呑むからね。

―今風に言うと、自宅でBEERナウ(笑)―

おっぱずかしいね。


ちなみに酔いどれ大臣とは、ボクのことではない。

誰のことかは今夜わかるだろう…。


宙をさまよう酒気という名のエクトプラズム。

決して目には見えない。

カラダとココロで感じることができたなら、いついかなるときでも、お前のそばから離れないさ。

それを喜びと感じたとき、お前も酔いどれ大臣になれるだろう。

そう、しびれるような、震えるような、もだえるような、あの感覚。

それはまさに!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「愛 ウォンチュー!  愛 ニーデュー! I`m アル~中~~~~~~~!」

SO.お前酔っ払い。 おれ酔っ払い。洒落たカフェでは門前払い。

ただ、ひたすらに呑んで踊ろう!

仕事放棄!!

2010年7月29日木曜日

そういえば

ずっと書き忘れてました。

2010年8月9日を持ちまして、我が愛すべきBAR、
「SPEAKEASY ALEGRIA」は、堺筋本町を卒業します。

おもな理由としては、スタッフ間の音楽性の違いです。

活動再開するまでは、そのへんを麦酒片手に徘徊してますので、見かけたら剣先ぐらいおごってください。

ワンカップ片手にしてるのを見かけたら、止めてください。

ビコーズ、アル中一歩手前なんで。

とりあえずいい移転先みっかりゃええなあ〜。

ベトナムにル・カンを呑みに行くもええし、メキシコにプルケを呑みに行くもええ。

なんせ時間だけはある。

あっ!
金がないや。

‥なんとかなるかぁ〜

ってなわけで、あと10日ほどですが、よろしく哀愁。

新しいハコみっけたら、ブログにてアップします。

半年たってもアップされてなかったら、きっと大阪湾に沈んでるか、酒のやりすぎで浴槽に沈んでます。

PS.善良なる不動産屋の皆さん。
家賃10万以下で、二階が住居、一階が店舗、地下一階がLIVEスペース。
そして、床に置いたえんぴつが転がらない物件ありましたら、いつでも連絡ください。
探せばあるハズ、ニホンのドコカニ。

2010年7月28日水曜日

苦いなぁ‥

風邪薬飲むとどうしても眠たくなるから、自然治癒力で治したかったが、なんせ31日に倒れるわけにはいかんので、泣く泣く医者に行った。

おかげさまで元気キッズ状態。

しかしながらひどく眠たい‥。

眠気を蹴散らすため、ストロングコーヒーを2杯だてで、より濃くする。

にがい!
苦過ぎる。

苦すぎて飲めない。
アイリッシュクリームでもいれるかな。

土曜日はブギ大臣とツイスト大臣の音に抱かれ、朝まで深く眠ることになるやろう。

日曜の朝、目が覚めて天気がよかったら、鶏肉とネギを買いに行こう。

くしに刺し、先週作ったタレにぶち込み、七輪で焼けば美味いことこの上なしやろう。

もちろんビール。
しめに鶏茶漬け。

わおっ!
今から楽しみや!

2010年7月26日月曜日

裸で寝たら風邪ひくよ

そう言われつづけながら、やっぱり夏は裸で寝てしまうのが、僕のサガ。

そして、結果的に風邪をひいてしまう、僕はバカ。

すいません。
本日のBAR営業はおやすみします!

明日、27日(火)はきっと元気になってるハズ。

ウォッカ呑んで寝よう。

2010年7月23日金曜日

明日から

天神かぁ。

まあ、人ゴミ嫌いな僕には関係ないんやけどねぇ〜。

でも、日曜日は友達んちからチョコっとだけ花火が見えるらしいから、行くつもりや。

ベランダにて焼き鳥を七厘で焼きながら、麦酒片手に「玉や〜!」
てのもいいなぁ。

まっ、それはともかく。
今日はめずらしく18時半から団体予約入ってるし、仕込み&休憩&早飯しよ!

夏バテ対策に、豚肉とニガウリを喰おうやないか。

ちょこっとだけ酒もくらおかな

2010年7月20日火曜日

狂いそうな暑さや

ああ日本の夏‥

梅雨があければ、クソ暑い夏。

チャリ通勤がなんとも苦しい。

頭の中を駆け巡るは、肉じゃが、ミックジャガー、肉じゃが、ミックジャガー‥

それぐらいしか頭が働かない。

こんなときは、ベンチに腰掛けて麦酒を呑むにかぎる!

休憩入ったらベンチビールしにいこかな。

20時からLIVEやからほどほどに。

2010年7月19日月曜日

24時間に詰め込んだモノ

昨日UMEDAを徘徊してたら、まあ、うかれポンチ顔だらけやった。

なんせ3連休の中日。

しょっぱなの24時間が終わり。

本日残りの24時間。

そして、明日の24時間を、どない過ごそうかと考えている人ばかりやからね。

そんなうかれポンチな面々にまぎれ、ほろ酔い気味なオトコは、あちらこちらをうろうろと、千鳥足にて歩く。

そう、24時間をいかに有効に使うかを考えた結果が、ここUMEDAだったのだ。

なんせ1日だけの休み、
「ボトルに残された1杯分のバーボンをどう呑むか??」

それに相当するほど困難な問題や。

ストレート?

ロック?

はたまた水割り?

あっ、冷蔵庫にソーダあるがな、ほなハイボール?

が、欲張りな僕は1つだけは嫌なのだ。

まずはストレートでやりながら、ソーダをチェイサーに。

途中で氷をひとつ落とし、ロックスタイル。

しんどくなったら水を足す。

うん、これこそが欲張りスタイル。

なんやかんやと色々したが、酔っ払いに記憶力はない。

TUTAYAにトイレがないってことと、行きつけの串カツ屋に新メニューが3つも出来てたこと。
で、隣のおっちゃんは裕次郎みたいな死に方を希望してたってこと。

それぐらいしか覚えてない。

今日はまだ一杯も呑んでない。
ビコーズ、本日は19時からLIVEやからや。

今から呑むと、サンバ出来そうにないので、もう少し辛抱しよう!