2012年7月29日日曜日

そら屁もたれるわ

 もともと体調を崩しやすいタイプやが、最近はなかなか順調かな? 
と思っていたらば、久々バタンキュー。
どうやら風邪をひいたみたいや。
もしくわ夏バテか?

一休寺、天神祭、東寝屋川盆踊り。
少しかっとばしすぎたか?

 てことで、昨日の盆踊りは休むことにした。
月末の盆踊りに備えて、体調を整えエネルギーを温存するのだ。

まめかちも少しは様になってきたし、江州も少しは振りがわかってきたような気がするし、31日は踊ろう♪
踊る阿呆になろう!




そして、みなさん踊りましょう!

踊る阿呆に見る阿呆とあるが、いま現在僕たちは、阿呆にいいように踊らされてる阿呆になってしまっている。

だからこそまずは、阿呆を見る阿呆になり、阿呆でない阿呆を見て阿呆になり、踊ることで阿呆を知り、そして真の踊る阿呆になるべきやろう。

だがまず僕は安静にしなけりゃならないね。


昨日一昨日で、坂口尚著、『あっかんべぇ一休』を読んだ。
ん~。
考えるべきことがまた1つ増えた。

そして、棒々鶏を作って食べた。
うまかった。



 もともと一休さんのことなどはまったく知らずに名付けた一休という名。
が、一休宗純を調べるうちに、これなかなか思い描く我が子像にピッタリあてはまる人物や。

まあ、我が子はとりあえずのんびりと、あるがままに生きてくれりゃいいがね。酒と女を好きになってくれりゃいいよ。


『有濡地より無濡地へ帰る一休み 
 雨ふらば降れ
 風ふかば吹け』
しっかし暑いね~~。汗どぼどぼ。それもまた生きてる証。からだいっぱい夏を感じませう。

 

2012年7月23日月曜日

すきすきすきすき愛してる

昨日、京田辺にある一休寺へ行ってきた。

東寝屋川から京田辺までは30分近くかかる。だもんで、駅前のイズミヤでCERVEZAを購入することにした。
KIRINを買うつもりだったが、何故かハートランドのビンが500ml280円で売ってたのでそっちを選んだ。
で、夢列車に揺られながら体を濡らす。

「くぅ~~!! 五臓六腑に染みわたるぜ~~~~~!!」


そうこうしてたら京田辺駅に到着。駅を出ると、そこには早々に一休さんの姿。

とりあえず記念撮影。



「まあまあ、掃除ばっかりしとらんとあんたも酒呑みなはれや」


駅から一休寺まではだいたい徒歩15分程度。京都というだけあって、町並みが大阪とは違うことがわかる。

500円の入園料を払い、真っ先に寺へ。
庭園があまりにもキレイなので思わず縁側でゴロゴロ…。


キレイにしてるわ。マジで!



「自慢やないが、5時間は寝てられるわ! ここで一句!! 
        ”縁側で 寝そべる乞食 腹出して 何を思うか 夏の空”」


この後、出口で一休納豆をつまみながら梅昆布茶を飲む。一休納豆はかなりしょっぱく、焼酎のアテに最適な気がしたが買わなかった。
なんせこのあと甘南備山に登ることになっていたので、極力荷物は増やしたくなかったのだ。

一休宗純さんの作った髑髏を見たあと、甘南備山へと向かった。途中、立ち寄った薪神社をうろうろしてたら、急に腹痛に見舞われた。

「やばい!! 我慢できひん!!」

トイレを探すも施錠されており、どうにもこうにもならん状態。しかし、もう限界。
神社の裏の茂みでひねり出す。 南~無~。少しバチあたりな気もしたが仕方ない。これもまた自然の摂理。

野ションや街ションをしてたら、たまに説教かます人がいるが、これには正直納得がいかない。

「わしかて動物や!! 野ションぐらいするわい!!」

「街中~。不自然な建物に囲まれた結果、自然な行為がタブーになっちゃう国なんてぶっ潰しちゃえ!!」

そう、小便たれるも糞たれるも、生物としてごくごく当たり前の行為なのだ。

しかし、紙がなくて困った。どうしよう! 仕方がないので手ぬぐいで少し拭いた。
手ぬぐいを洗いに水場へ行くと、叶さんがハートランドの空き瓶に水を入れていた。

「なにしてんの?」

「いや、これでケツ洗えばいいと思って。インド人もそうしてるし…」

友情を感じた。
ボクはホンマいい友達を持った。

アナタにはいますか?
こんなにいい友達!!


清水でケツについた不浄なるものを洗い流し、いざ甘南備山へ!!

途中バナナの木を見つけた。


…多分、バナナ。


甘南備山の頂上まではそないに遠くなかった。
小一時間ほどで到着したのだが、ここで賽銭箱に小銭を入れようとして、財布がないことにきづいた。

「あっ! さっきの神社や!!」

ウンコするのに邪魔やから、狛犬にひっかけてたのんをすっかり忘れてた!!

急ぎ足で下山。

結局1時間半ほど放置していた財布だったが無事だった。

「神さんが守ってくれてたんや~~」

ここでまさかとは思ったが、おみくじをひいてみた。


やっぱり!!

大吉やった!!



それもこれも一休パワーやね!!

はよ生まれて来い一休!!

お父ちゃんはまっとるで~~!

2012年7月14日土曜日

こらもうジャパニーズRockだぜ!!

 社会復帰してから約一月がたった。職場の仲間たちと仕事帰りに呑み行くなんて、リーマン気取りなコトしちゃったり、箕面にチャリ作りに行ったはいいが何故かエルビスの本を持ち帰ったりしてる間に、時はたんたんと流れていった。

そんな中、今週頭の7月9日月曜日に、アミーゴがっくんとかのうさんからのお誘いを受けて、野崎観音”千日参り”で開催される盆踊りに行ってきた。

去年このお祭りに参加したことのあるがっくんがしきりに、
 「かなりやばいよ。盆踊りという名のロックフェスや!!」
といってた。
 ボクは、(そんなコトいうて、またオーバーにいうてんちゃうかいな?) と疑心暗鬼やったのだが、観音さんに着いた瞬間、しょんべんちびりそうになった。

 空にまで鳴り響く太鼓の音。体を痺れさすギター音。心をつんざくような河内ソング&江州ソング。
 ―コレハモウ カクジツニ ロックダ―

 俺の中のイカレコンピューターがRockだと認識した。…
踊りたい! しかし、まったく踊り方がわからない。会場に集まっている人たちは、各々チームを組んでいる場合が多く。ビシッと揃った踊りを披露していた。
個人で踊っている人も、素人のボクが見ても、一瞬で見とれてしまうほど美しい。
 
 踊りたい。でも踊れない。入りたい。でも入れない。だが、ここまで来て、見る阿呆で終わるのはイヤだ! 踊る阿呆になりたい!

意を決して輪の中に飛び込む。見よう見まねで踊る。確実にズレている。恥ずかしい。が、恥ずかしさはアルコールで紛らわす。

 すると、一人のオジサンが近づいてきた。
 「はい。左前。右前…」

 素人まるだしの僕らを見て、なんとわざわざ講義しにきてくれたのだ。
オジサンにあわせて踊る。さっきよりはだいぶマシになってきた。
すると、お次はセニョーラがやってきた。あとあと聞いて知ったのだが、セニョーラはなんとこの世界では知る人ぞ知る有名人物・とびきよさんとのこと。

 お2人の力添えあって、初めてにしてはなんとかかんとか踊れたと思う。そして楽しめた。
(後輩のしゃぶ太郎は狂い過ぎて、周りの人らから若干変な目で見られてた…。まさにしゃぶ中のようだった。ビール一杯であそこまで狂える彼がうらやまし…くは全くないが)

 しかし、河内音頭・江州音頭がこないに激しいとは、思っても見なかった。そして、僕らのおとんやおかん以上の年代の方たちが、実に元気に飛び跳ねている。

 正直、ボクラ若者どもは勢いで余裕で負けてる気がした。ロックフェスやらなんやらでタテノリでワーワーいうてるよりも、盆踊りでハードにムーヴする方がよっぽどRockや。

 こらホンマやばい。酔いどれツイストぐらいヤバイ! 

 日本が誇る盆踊りカルチャー。これは確実に後世まで伝えていかなければならないものだと思う。そのためにも、踊り方知らんでもいいから勢いで参加すべきや。

楽しみたいって心意気さえあれば、先輩らがやさしく、時にきびしく教えてくれる。

 全国のロックな奴ら。ぜひぜひ行ってみてください。ちなみにボクは明日また行きます。

 住道で会いましょう。


 
 

2012年6月24日日曜日

ここのおでんがとにかくうまい!! 思った以上に世間は狭い!

おととい住道にある中華そば屋に行って来た。
駅から15分ほどの距離にある〇〇という中華そば屋さん。(名前忘れたので〇〇にしました)

戸をガラガラッと開けると、
「いらっしゃい!!」
と、スキンヘッドの大将が気持ちいいぐらいの笑顔で迎えてくれた。

この時点で中華そばがうまいのは確定した。
そして、味わってみるとホンマにうまかった。

濃い色のスープやがくどくなく、麺の固さもほどよい。太麺にスープがようからんどるわ。


が、僕がイチバンびびったのはそばやなくておでん。1本80円って値段にもびびったけど、とにかくうまい!! 
味がええ感じに濃い!! こんな味付けのおでんは初めて食べた。オススメは厚揚げです。



ちなみに今の職場で自己紹介の時間があったんやが、その時インディーズバンドと酒が好きやという人がいて、僕は一瞬でこの人もしかして??? と思い休み時間に、
「もしかして夜ストとかすきちゃいますか?」
と訊ねたところ、
「一回だけ聞いたことあるよ。僕の好きなバンドと対バンしてて…」

「好きなバンドって?」

「高木まひことシェキナベイベーズって知ってる?」

もちろん!!!

どうやらドラムのはやと君と友達らしい。いや~~。世間はホンマ狭いね。

2012年6月15日金曜日

社会復帰

 いろいろと悩んだ結果。とうとう坊主にしました。なんせこの3ヶ月間ただただ貯金を食いつぶすばかりで、このまま行くとあと2ヶ月もすれば、13年ぶりに夜逃げしなあかんぐらいバイヤーな状況だったのです。
それが、「頭を丸めるだけで就職できるなら」と、明るい奴隷となることを決意。四方八方を海に囲まれ、まるで牢屋のようなこの国で、囚人生活をおくることを心に決めたのです。WAO~! ボートピーポー!! 波が荒くて逃げれないよ~~~。

 はてさて、産まれてくる一休よりも先に一休さんとなった僕チン。どうせなら明るい奴隷で行こうと、スキップスキップランランラン♪ で、面接に向かう。
坊主頭で面接を受けるのは今回が初めて。緊張で勃起しそうになる股間と心をおさえつつ着席。すると面接官がこう言った。

「あれ? 頭丸めたんですか? この間までこの履歴書の写真の髪型だったんですよね?」

「ええ。昨日まで」

「清潔感あってオシャレでいいじゃないですか。もったいない。」


そ、そげな~~~~~~~~~~~~~~~!!




ションベンちびりそうな衝撃だよホント。

 まあ、しかし合格しました。来週から働きにでます。坊主頭にスーツスタイル。泣く子も黙るチョイワル変態オヤジスタイルで、この国の歯車になったと見せかけて、動きを止めるように勤めます。
それがせめてもの抵抗。反抗心は忘れずに、少しばかりのあいだはホンネとタテマエを要領よく使いこなしちゃうよ~~~ん。

THE・社会復帰!! 
ファック・ザ・バビロン21!!

2012年6月8日金曜日

動悸息切れにプーシンプーチン

帰国してからというもの、かれこれ20枚以上は履歴書を書いただろうか?


面接だって今までの人生にないぐらいの数を受けている。

こうなってくると、面接なんてツレとの挨拶みたいなもんで、緊張など全くしなくなってくるから困ったもんだ。

挨拶はウィッス! 待ち時間もタイヤ付きのイスで遊んでしまう。
そのうち赤ら顔で行ってまいそうや。

ただ、どうにもこうにも履歴書ってやつは苦手。特に志望動機の欄。毎回毎回あたまを悩ませる。
僕は悩むのが嫌いや。だからここ最近、志望動機の欄は未記入にしている。
だって志望動機なんてないもん。

面接官も何も言わんし、たいした問題ではないのだ。


そもそも男が働くのに、たいした志望動機などあるのだろうか?

「いや、ないな」

きっとない。ただ女にモテたいだけや。気持ちいいことしたいだけ。

僕もそう。ハニーにモテたいだけ。働く理由はただそれだけ。

ようするに純粋に不純。

そらそや。この世に女性がおらんかったら、男なんてまちがいなく働かんやろ。昼間から酒呑んでくだまいてるよ。暑い国の奴らと一緒や。

だからいいかげん履歴書の志望動機欄、ちゃちゃっと無くしてくれんやろかいな。

代わりに目覚ましテレビとかでよくある、テキトーすぎて文句つける気にもならへんクソ占いでも書いててくれたら、ラッキーカラーの黄色のシャツ来て新しい出逢いに期待しながら面接受けに行きまんがな。

きっとフラれるよ。黄色のシャツなんて着ていったら。

あと自己PR聞くんやめてんかぁ。
こっぱずかしいから。
あんなもんを恥ずかしげもなくペラペラしゃべれる奴なんて、きっと政治家か詐欺師にでもなれるよ。

僕には無理やわ。唯一言えるとすれば屁がくさいってことぐらいやから。自慢にもなりゃしないさ。そんなことはさ。よいやさ~、よいやさ~!

しかし、毎日毎日うぬぼれて踊っちゃいるが、突然の贈り物はなかなか降っちゃこえへんね。

そろそろALRIGHTじゃなくなってきてるが、それでもすべてはALRIGHTなのかどうなのか。

きっとALRIGHT(Esta bien)なのだろう。

そろそろバビロンの呪いもとけるじゃろうて。

世界は何を中心に回っているのかわからないが、とかく花というモノは美しい。

それを感じれるあいだは人間大丈夫。きっとこの国を牛耳る奴らからしたら、花なんて何の価値もないガラクタと同じなんやろうけどな。



この花はボクが生まれて初めて見た花。近所に咲いてる美しい花。
美しいけどちょっとへんちくりんでもある。

近所のばあちゃんがいうには、”とけい草”って名前らしい。

確かに時計みたいな形してるね。こんな時計あったら欲しいなぁ。

2012年6月5日火曜日

老人と孤独

6月4日(月)。


朝から面接に行ってきた。片道40分かかったわりに、面接の方は「水曜日までに連絡します」ということであっさり終わってしまったので、寝屋川の町を探索してみたが、なかなか働けそうなところはなかった。

 帰ってクサレインターネットで求人検索したほうがまだましかと、バス停まで戻ってみたがなかなかバスはやってこない。仕方が無いので座る。すると1人の老人が隣の席に腰掛け、声をかけてきた。
 「その頭は何刈りっていいますの?」
 ボクは正直わからないので、かるく笑ってごまかした。そして、そのままそのおじいさんと話し込むことになった。
 「今の若い者はオシャレが出来ていいなぁ。でも、マッキンキンに染めたり剃ったりしたらあかんよ。そうなったらワシみたいなもんはよう話かけんわ。なんせ若いもんはすぐ手をあげるからな」
 おじいさんは何故今の若いもんはすぐ手をあげるのかをボクに尋ねてきた。ボクはコミュニケーション能力が低いからではないかと答えた。


 「そうかもしれんな。ところで学生さんかえ?」


 「いや。もう社会人です。就職活動中ですよ」

 「そうかいな。今はなかなか厳しいやろ?」


 「ですね~」


 「まあな。せやけどがんばって見つけないとな。兄ちゃんも女の2人や3人おるんやろ?」


 「いやいや、もう結婚してるんで。もうすぐ子供も産まれますし」


 「ほんまかいな。ほななおさらがんばらんと」

 「ですね~」


 「せやけどあれやで。子供に変な名前はつけたらあかんで。最近の子供は変な名前多いからなぁ。普通がええで普通が」



とりあえず静かにうなずき、ベイベーに一休って名前をつけることを黙っておいた。うん。無難や。



「女のコで最近マリちゃんとかリンリンちゃんとかいう名前つけてる人おるけど、それあんたキャバレーやがな。なあ?」

「ねえ」


いや、リンリンはおらんやろうと思いながら話をあわせておいた。



どうやらおじいさんは離婚して1人暮らしらしく、家に帰ってもさびしいらしい。最近お孫さんが生まれたらしいがあわせてもらえないみたいや。

「離婚はするもんやないわ。ほんまさびしいで。逃げられへんようにがんばりや」


そういうとおじいさんは杖をついてどこかしこへと消えてった。



 その後バスに揺られながらずっと考えていた。1人きりってさびしいよなぁと。言ってみたら僕が今ここに存在するってことは両親がいるからなワケや。
 そしてその両親にも各々両親がいる。ずっとたどっていくと逆ピラミッド式になるわけや。その構図を頭の中で思い浮かべていると、(なんかぶどうみたいやなぁ)という考えにいたった。きっとボクラはぶどうの房にぶらさがる果実みたいなもんなんやなという結論にいたった。
 するとぶどうの葉っぱってのは、アダムとイブの陰部を隠す衣服のようなものか。なんかぶどうっていやらしい果物やなぁ。

 しかしこの寝屋川って町はほのぼのしてるなぁ。仕事せんでも食っていけるような気になってくるから怖いわ。でもせなあかんよ。1人きりでさびしいていうてるおじさんがいる限り、若者はあくせく働かないとあかん。年金とか払う気は一切ないし、くだらんマスコミに左右される気はさらさらないが、働かなあかんね。自分のためにね。
 そしてテレビは捨てた方がいいね。僕は最低でもあと5年は買わへんつもりや。どうせAKBとか海砂利水魚ぐらいしか出てこえへんねやからおもろないし、ニュースはウソしか言わんし、目が悪くなるだけや。
なんしかハニーと会話を楽しむのがイチバンぜよ! ボクは1人やないからね~~!

2012年6月4日月曜日

就職! 離職! 東西南北? 石川啄木! 帰りたい墨国!

5月29日(火)。帰国してから初めて働きに出た。朝8時前に電車に乗り、梅田方面へと向かう。


通勤ラッシュ。無機質なハコの中でぎゅうぎゅう詰めにされた肉の塊がひしめきあう。僕はこの満員電車っていうものが、どうにもこうにも苦手や。だからこそ今まで満員電車に巻き込まれない時間帯の仕事にばかりついてきたのだ。にもかかわらず、まさか今回満員に巻き込まれる時間帯の仕事についてしまうとは…。

 そもそも満員電車を好きな奴ってのは、痴漢かスメラーぐらいのもんであって、正常な神経を持つ人からしたら苦痛でしかないやろう。多分。

かくいう僕も正常な神経を持つ人間の中の1人。だからこそ、
―気が狂いそうや。 息が詰まりそうや。 死んでしまいそうや。
と、感じてしまうのも仕方がない。

このままどっか海の見えるところへ行きたくなってしまう。
 たった40分。電車に揺られただけでどっと疲れてしまった。しかし、今日は仕事初日。がんばらなくては。
 駅から職場まで重たい足をひきずりながら、なんとかかんとか到着。作業着に着替えて現場に入る。先輩方に挨拶し、さあ仕事開始やで~とテンションを無理やり上げた僕に対し、上司から冷たい一言が浴びせられた。

「お前それ、髪型どういうつもりや!! あと服装! 社会人としてあかんやろ! マイナスや! 」

 一気にやる気がうせた。それでも我慢して3日間通ったが、4日目に職場へ向かうことはなかった。


 再び無職に戻ってしまった僕。どうしよう? なんて思ってみたところで仕事が見つかるわけでもない。またまた就職活動するしかないだけの話や。

 しかし、あせっても仕方ないので、とりあえず優雅に赤ワインを呑むことにした。すると何故か勝利の味がした。北朝鮮がいずれ開発するであろう夕方ロケットに乗って、地球を一回りしながら降らせる黄金の雨もきっとこんな味がするのだろう。

 みんな頭がイカれて右も左もわからないままに、生の大根かじったつもりが白人の男根しゃぶってしまって、マスメディアもお手上げヘルプミー! そんな時代がそろそろやって来そうやが、社会不適合者のボクにとっては関係ナッシング! もう少しだけ歯車の上を裸足で駆け回らせてもらうとしよう。

 わ~~お! ハヨシゴトミッケヨ~! キットイマノジョウキョウ、フツーナラアセッテウンコチビッテルダヨ~! 

 危機感が無さ過ぎるのは問題かもしれないが、どんなときでもメンタルが健康でいられるってのがイチバンなのだ。

 でもやっぱり働かなきゃ食べてはいけないので、今週中にはみっけよう!
そうだそうだそうしようと、太郎と花子さんはいいました。

 さ~て今日は何枕で寝ようかな。

2012年5月15日火曜日

寝屋川ふき事件

駅まであとわずかというところで、公園の入り口付近にたてられた‘‘こんぽすと‘‘とデカデカと書かれた看板が目にとまった。

こんぽすとと言えば、肥料ではないか。

メキシコ時代を思い出すなぁと、ハニーと一緒にこんぽすとの作り方を読んでいると、看板奥のフェンスの向こうからジイチャンが声をかけてきた。

初め何を言ってるのかわからなかったが、よく聞くとフキがどやこや言ってるよう。

フキ?

何のこっちゃいな?

するとジイチャン。
「そんなんも知らんのかいな? テレビ見て勉強せな。昆布と炊いたらうまいんやがな」

ああ、はいはい。フキね。食べ物のフキね。

どうやらジイチャンはフキをこっちまで取りに来いと言ってるみたい。

マジで?
ラッキー!!

公園を出てグルッと一回りし、ジイチャンの畑へとまわる。

ジイチャンから鎌を2本借りてフキを刈る。
人生初のフキ狩り体験や。

「ほらほらもっと中の方の大きいフキを取りなはれ」

「もっとようさん持っていき」

ジイチャンの好意で、なかなかたくさんのフキをゲット。

いやあ、まさか見ず知らずの町でしょっぱなからこんな親切な出来事に出会えるとは。
ハートフルなデイやなぁ。
これで今夜のおかずはフキの炊いたんや。ジイチャンに感謝や。

「ありがとうございます!」

一言お礼を言い、場を去ろうとした。

するとオジイチャンこう言った。

「兄ちゃん。わし …コップ酒買いまんねん」

えっ?

「コップ酒買いまんねん」


は!!

そっか!

銭や!!

そらそや。

当たり前の話やが、世の中ってーのは交換社会や。

ビール1本買うにしても、300円ほど金がいる。

2束ほどのフキを刈らせてもろたんやから、そりゃあタダではおまへんがな。

メキシコでのもらい乞食生活があまりにも長かったせいで、なんでんかんでん貰うんが当たり前になっていたが、ここはメキシコではなく日本。
しかも、商売人の町・大阪や。

ちゃっかりしとるで~。
ってか最初にナンボかも聞かんと、勝手にタダやと思い込んでた俺があかん。

俺はなんでも顔パス、ありがとうの一言で終わらす業界人とは違う。

正真正銘、職業無職のどこにでも転がってるような欠けた歯車パンピーや。



「あっ。すいません。おいくらですかね?」

「コップ酒買いまんねん。せやから気持ちでええがな」

都会じゃあんまり聞かん気持ち値段。

う~ん、ナンボやろ?
コップ酒1杯なら、まあ200円で事足りるが、それもなんかなぁ?

よく見たらジイチャン赤ら顔やしもうすでにやらかしてるかもしれん。
酒呑みの人間に対してたった1杯分の金だけしか渡さんのも無粋や。

かといって千円も渡してしもたら俺やったらちょっとひいてまう。つーか変に怖い。


悩んだ結果、500円払うことにした。

これならコップ酒2杯に、あまった100円で肴も買える。
酒屋がやってる立ちのみに行けばカワハギ食える。

夢のバッカス料金や!!


「え? こんなにくれまんの? わし釣りおまへんで」

「いやいやお釣りはいいですよ」

「そうでっか。ほな2回分ってことで、また来てくんなはれ」


そういうことで、初の寝屋川にて賃貸契約どころか、フキ刈りの先行予約まで済ましてきたわけや。

6月頭ぐらいにでも、‘‘第2回 酔いどれフキ刈りツアー‘‘しようかな。

今度は一升瓶と肴を持って行こう。

ジイチャンの昔話を聞きに行こう。

参加者求ム! ムードンコは岡本ゴム!





NEYAGAWA

店をあきらめ、とりあえず仕事と新婚生活の場を探すことになってから早二ヶ月が過ぎたワケだが、とうとう一昨日の日曜日に仕事より先に新居が決定した。

九州か広島か、神戸かはたまたどこぞの田舎か?
さんざん悩んだあげく、東寝屋川に決定した。

西淀川区から寝屋川市。しょうみ結構離れちゃいるが、学研都市線一本で北新地まで30分ぐらいで行けるし、何より家賃が安い。
4DKで5万5千円。築は古いがリフォームしてるから内装綺麗やし、55と来たらそらもうGOGOで行くしかないですわな。
時代も変わり、寝屋川=暴ヤンみたいなんもなく、意外にも駅前は静かなムード。 周りにも緑が多く、即決してしまったワケや。

 契約を済ませ、新居が決まったところでとりあえず祝い酒。 駅前の公園のベンチに腰掛け、赤ワインを呑みながらブルーチーズ&クラッカー。忘れちゃいけないプロシュート兄さん。

ボォーノォー!

リキッシモ!

昼すぎからほろ酔い気分。 何気に振り返ると、後ろには”夫婦なんたら”とかいう大木が、まるで僕ら夫婦を祝福するかのように寄り添って生えていた。
どうやら僕ら、寝屋川市民になることをこの木から認められたみたい。
へへヘイ!

なんせ忘れもしない、4.1事件(通称・ファック・ザ・大阪21)。
生を受け、小4まで生活し、再び戻ってきてから5年。 計15年という今までの人生の半分の時間を費やした大阪市西淀川区から、まさかまさかの入籍日と同時に新婚補助打ち切りを受けるという酷い仕打ちを受けた。
飼い犬に乳首甘噛みされるとはまさにこのこと。

「こんなバカ犬になど未練などあるか」
と、大阪市を出ることを決意したわけだ。

これで他の市からも冷たくあしらわれたらどないしよかと心配していたが、そんな僕たちのコラソンのキズを舐め回すかのように、寝屋川市は温かく迎えいれてくれたのだ。

しっかし、この日は春・スプリングやというのになかなか肌寒い。たまの日曜・サンデーというのにテンヤワンヤの大騒ぎで笠置シヅコもご立腹。
母の日のプレゼントを買うため、早々に公園を退却することにし、ベンチを離れて出口へと向かった。

ちなみにオカンがハニーにいうことにゃ、
「母の日やけど、お母さんにおめでとうの電話した?」

 母の日におめでとう??  どっちかゆーたら、「いつもいつもありがとう」やろ?

おめでとうは誕生日ちゃうの?

なんて間違い探しは置いといて、この後、公園の出入り口付近で寝屋川ふき事件が発生することになるとは、このときの2人には想像もつかなかった。

2012年5月8日火曜日

景気ええね~。ハッポン。

今日、西淀川図書館をぷらぷらしてたら、急に全裸になって廊下に寝そべりたい衝動に駆られた。
俺はその衝動を‘‘西洋の肖像画‘‘なる本を手にすることでなんとか抑えたのだが、他の人たちは一体どうやってその衝動を押し殺しているのだろうか?
そんなことを考えながら、いつもの床屋で就活ヘアーにしてもらった。
なんせこの2ヶ月間、まるっきり仕事につけないでいるからだ。
その理由が髪型だと最近気づいたので、とうとう真面目になろうと決意したってワケ。

思えば帰国直後、いの一番に不動産屋に行き物件を探した。
もちろん店舗ね。

「お客さん。はっきり言って予算はどんなもんでっか?」
「そうですね。家と店コミで、50万以内で収まればうれしいんですが…」

「…無理ですね」

そりゃそやろ!
そんなこたぁハナから承知や。

しかし、日本は相変わらず景気悪い言うから、もしかしたら4~5万ぐらいで居ぬき出来るんちゃうかいなと考えたんやが、まだまだこの国は粗悪国のようで、貧乏人には冷たいもんや。

考えた結果、自営業は断念。
まずは金を貯めるため、バイトOR正社員勤務への道を選んだのだが、思ったようにうまくはいかない。


何度も何度も履歴書を作成しては不採用通知を破り捨てる。

面接にこじつけたと思ったら、
「坊主にしてくれ」
やの、
「社会人ならスーツは黒か灰色」
やの、いかにもお堅い企業のいいそうな言葉であしらわれ、遂には、
「あんたワガママやわ」
とまで。


そんなことが何度も続くとさすがに真面目なボクチンも悪ハルと化し、面接時間を高等技術で変更するワザまで身につけてしまった。

「あの~。明日の面接って11時からでしたよね?」

「はい。そうですよ」

「すいません。昨日どうやらジュウイチジとジュウシチジを聞き間違えて返事してしまったようで、英語で言うところのイレブンですよね? セブンティーンじゃないですよね?」

「はい。イレブンですよ」

「すいません。イレブンは予定入ってるんで、セブンティーンにしてもらっていいですか?」

しょうみそんなちょこざいなワザを身につけたところで受かるワケもなく。
毎日毎日近所を散歩しながらお花を眺めている。

そんなボクの今日のオヤツは、‘‘手作りオールレーズン&バニラアイス‘‘。
超ニガHOTコーヒーで、う~~んブレイク!

こんなにのんびりした時間が味わえるなんて、まだまだニッポンは景気がいいっつーこっちゃ。

ビバ! 無職!!

2012年5月7日月曜日

社会復帰!!

ホーチミン到着後はあっちゅーまに時間が過ぎてった。

路地裏で何故かバナナ味のするレモンシェイクを飲み、ダラットでル・カンに酔い、ニャチャンで海の幸を満喫し、再びホーチミンに戻った後、相変わらずうんこ臭い大阪へと帰ってきた。

2月27日の話や。

あれから2ヶ月たってめんどくさくなったので、今回の日記は略式で書いた。

もしこのブログを読んでくれている方で、ベトナム話を聞きたいという方は、いつでも連絡おくれやし~。
酒でもやりながら話ましょう。


ってことで、これからはボクチンの社会復帰日記でも書きまっさ。

2012年4月11日水曜日

HEY メン! 俺はキャットフードは食わないぜ!!

観光地バッチャンの少し手前でトゥエンは下車した。

それから間もなくしてバッチャンに到着。
名物・バッチャン焼きを購入するため、ウインドウショッピングをすることにした。

カラフルなモノから地味ぃなモノまで、なかなかの品揃え。
店内をかるく覗き、雰囲気を探ってから入店する。

目のいやらしくない、なるだけ話しかけてこなさそうな店員のいる店。
そう、アメ村のアホそうな店員でなく、神戸・高架下の裏モトコーで働く店員みたいな…。


この写真を撮った店の向かいの店に入り、小一時間ほど品定めした後にティーセット&マグカップの2品購入。

空の色も悪いし、バス停前に戻り屋台でウインナーを頬張る。

しかし、ハノイ近辺っちゅーのは何故こうも西洋フードがあふれているのだろうか??
ハンバーグやらフライドポテトやらウインナーやら、正味いらんがな~~。

まあ、でも、ウマかったわ。

再びバスに乗りハノイに戻ったモノの、まだまだ時間に余裕がある。
そこで、有名な犬肉を食べに行こうと思ったのだが、バスの中でトゥエンに聞いた、
「犬もウマいけど、猫肉もかなりウマいよ」
の一言が気になり、犬をやめて猫を探すことにした。


バス停から市場、市場からホテル街。
町人に聞いて聞いて聞きまわった結果、最終的に案内されたのはペットショップ。

どうやらここいらのハノイ人は日本人に対し、
「猫の肉ではなく、キャットフードを食べろ」
と言っているようだ。

HEYメン! 俺はキャットフードは食わないぜ!!
ってか3時間以上も時間つぶれてもーたがな。

結局、ハノイではホンマに猫肉を食うのか? それともキャットフードを食うのか? もしくわトゥエンにおちょくられたのか?

その謎はわからぬままに、泣く泣く猫肉を断念。
犬肉を食う時間すらなくなり、空港でカップ麺をすすりながらホーチミン行きの飛行機を待つことになった。

ハノイで見つけた男前

バス停につき47番バスを待つ。
47番バスはバッチャン焼きで有名なバッチャン村行きのバス。
これに乗れば、終点がバッチャンやから寝てても無事到着する。
なんせ飛行機出発はまだまだ先やから、なんかしら時間潰さんとね。


しばらくするとバスが来た。
「よし、乗り込もう!」
しかし、バスが止まると同時に現地人が大量にバスへと駆け込んだ!

その勢いはまるで、ナウシカに出てくるオームのよう。

ドドドドドド…と効果音が聴こえてくるぐらい凄まじい勢いや。
下手したら大阪のオバハンよりも勢いがある。


これは無理や!

こんな激流みたいな勢いの中を突き進むことも、混ざり合うことも、甘ちゃんなチャッパニーズには到底無理や。

仕方ないので泣く泣く逃す。


「次またバスが来て空いてたら乗り込もう。あかんかったらもうタクで空港行こう」

そう決めて、再びバスを待つ。


待っていると17番バスを発見した。

17番バスは空港行きバスらしい。
たったの5000ドン(約20円)で空港まで運んでくれる現地人御用達のバスや。

まさかこっから出てるとは!
よし、次あかんかったらタクやなくこれで空港行こう!


でも、ホンマに空港行くんかいな?
間違えるんも嫌やし、隣にいた男前な青年に聞いてみた。

「このバス空港に行く?」

「行くよ」

「空港に行きたいの?」

「あとで。でも、今はバッチャンに行きたい」

「そう。あの~、ニホンジンデスカ?」

あっ! 日本語!

「ボクはトゥエンイイマス。バッチャンにスンデル」

カタコトの日本語で一生懸命に話しかけてきた。

「そうなんや。日本語どれぐらい勉強してるの?」

「サンカゲツ」

すごい!
三ヶ月でこんなに話せるなんて。

彼は現在25歳の会社員。
4月から日本で3年間の農業研修をするらしい。
専攻はトマトだそうだ。


「お互いバッチャン行きやし一緒に行こうぜ」

そう言って彼といろいろ話しているうちに、再び47番バスがやって来た。
が、相変わらず勢いが強い。

彼はあっという間に後方からバスに乗り込んだ。
だが、もちろんのことボクラは置いてけぼりをくらう。

しかし、一緒に行こうと約束をしたので、頑張って前方からバスに乗り込んだ。

なんとかかんとか乗り込むと、トゥエンが後ろからおいでおいでと手招きをしている姿が目に映った。

人波をかきわけて、これまたなんとか後ろまでたどり着くと、トゥエンはゆうきちゃんのために席を確保してくれていた。

うわぁ。めっちゃレディファーストやん。

同じアジア人とは思えんぐらい気がきくバッチャン人。やっぱり顔が男前な奴はやることも男前や。

彼と出会えたことで、なんだかハノイを好きになれそうな気がしてきた。

2012年4月3日火曜日

ハノイなんて大ッ嫌い! 2

2月14日(火)
朝から雨。

な~んもやる気にならへん。

現地人に聞いたら、
「ハノイは年中こんな感じやで」
と教えてくれたので、もう翌日出発することにした。

雨は嫌いやねん僕。

早速チケットを買いにハノイ駅まで行く。

しかしホーチミンまで丸1日かかる。
バスもだいたいそんなモン。

ハニーの体調も悪いし、飛行機で一気にホーチミンまで南下することにした。
なんせ2時間やからね。
ギリギリ残ってた航空券、ハノイ~ホーチミン間・9000円を購入した後、町ブラして寝た。


2月15日(水)
ハノイ出発の日。

チェックアウト前に洗濯物を受け取りに行く。

「最上階にあるから自分で取り込んでくれ」
といわれ、最上階へ行くが、廊下干しのために半乾き状態だった。

(こんなことなら部屋で暖房かけて乾かしとくんやった~)
ってももう遅い。

仕方がないので泣く泣く取り込みチェックアウト。

2日間で26USドルのハズが何故か29.9USドル。そしてこのええかげんな洗濯代金がなんと5.5USドル。

だいたいこのホテルの半泊代。この質の悪さでこんなに請求されるなんて、ホント笑っちゃうよね。
ハハハ…。

なんとなくすぐれない気分でホテルを出ると、昨日以上にレイニーデー。

かっつ~~ん!

きっついわぁ~~。

飛行機出発まで10時間ぐらいあるし、しゃあないから近所のサテンでコーヒーを飲むことにした。

ベトナムといえばベトナムコーヒーが有名や。
クソほど濃いコーヒーに練乳の甘さがマッチして、これがまたウマイ!
親切な店なら、コーヒー後にお茶を出してくれる。
なんせ濃すぎるから、口直しせんことにゃあいつまでたっても口ん中がンニャンニャするねん。

雨の中長歩きするんも何やし、テキトーな店を見つけて入る。

「コーヒーやってます?」

ベトナムドラマ見ながら店のイス並べて寝てるおばちゃんを起こし尋ねる。

「あるよ」

「じゃあ、コーヒー1つとお茶1つで」

「はぁい」

コーヒーが来るのを待っていると、店内に”WI-FI”と書かれていることに気がついた。
パスワードを聞きつなげてみると、ホテル予約サイトから1通のメールが届いていた。

アンケートメールかなと思いクリックすると、なんと先ほどチェックアウトしたホテルからのキャンセル料金請求メールだった。

はあ?

どうやら昨日の宿泊がなかったことになっているらしい。

いやいや泊まったし!

きっとしつこいツアーの勧誘と、ホテルから空港までのタクシーの手配を断ったために、あの若ハゲホストが嫌がらせをしたに違いない。

なんちゅう奴や。

「とりあえずホテルサイト側に問い合わせメールをしよう!」

早速ホテルサイトにつなげる。
が、まったくつながらない。
いきなりネットがつながらんようになった。

ええ??

おばちゃんに事情を伝える。

「わたし機械よく分からない」

…しゃあない。

心を落ち尽かしコーヒーをすする。


まずっ!!
激まずっ!!

え? ナニコレ? こんなまずいコーヒーどうやったら作れんの?

昨日おととい飲んだおいしいベトナムコーヒーとはまったく違う、なんとも言えんクソマズイコーヒー。

苦味と甘みに付け加えられた酸味が、まったくもってけしからんコトになっている。
いくら混ぜても混ざりきらへん、心の底から人を憎んでまいそうな味や。
胆汁でも入ってるんちゃうか??

こらちょっとひどすぎる。
せやけど、こんなまずいコーヒー。ホンマにこの世に存在するんやろか?
もしかしたら、俺の舌がおかしなったんちゃうやろか?

ためしにゆうきちゃんに飲ませる。

「うわっ! ナニコレ? マズッ!」

よかった。俺の舌の勘違いやなかった。
このコーヒーが珍味なんや。

結局、せっかく頼んだコーヒーは、カラダのことを考えて残すことにした。

洗濯物は乾かず、ホテル代はぼられたあげくキャンセル料金請求され、コーヒーは二度と味わえないぐらい不味く、ふんだりけったりなハノイ旅行。

もう二度と来たくない。

やっとこさ雨が止み、重たい荷物を抱えながらバス停へとむかった。

ハノイなんて大ッ嫌い! 1

2月13日(月)
バンコクを出発し、ベトナム・ハノイへとやって来た。
空港を出るとバンコクと違いクソ寒いハノイ。
空もどんよりしてるし、もうすでにこの時点で町を出たくなった。
が、ホテル予約してもうたし、とりあえず町へ行くことにした。

空港から町までのタクシーは、チケット売り場でチケットを買うやどうたらうんぬんとネットに書かれていたが、そんなもん探す間もなく運ちゃんがしきりにしつこく声をかけてくる。

「900、900! 900ドンやで~~(3円やで~~)」

そんなワケあるかいな!

そう思いながらもあまりのしつこさに心は折れた。
タクを持ってくるからここで待っといてくれと言うので、待ってる間に運ちゃんの連れらしきハノイ人に、
「しょうみドルでいくらなん?」
と聞くと、
「16ドルかな?」
と答えた。

16ドル(約1400円)。
チケットえで買えば10ドル(らしい)。

6ドル高いが、まあええわ。

その連れと話してたらタクもやってきたのでとりあえず乗り込んだ。

日本人観光客をボレたことでやたらテンションハイなハノイ人。
彼女か嫁はんか知らんが、運転しながらラブトークに夢中。

(どーでもいいけど、事故んなよ)

それだけを願いながら、ボッタクリタクシーに揺られて目的地へと向かう。
が、ここで心配なのは結局いくらやねんってこと。

連れは16USドルゆーてるし、こいつは900ドン(3円)ゆーてるし。
1400円と3円じゃ雲泥の差や。

「おい。ホンマに900なんか?」

「900やで」

「900って安すぎるやろ。ホンマか?」

携帯の電卓を打って見せる。

「OK。900だよ」

(絶対ウソやろ)

次は1000ドン紙幣を渡してみる。

「え?  ノーノーノー! ぜんぜん違うよ。900って言えばベトナムじゃ900000のことだよ。下3ケタは数えないよ」

「知らんがな!!」

結局900=900000(約3400円)と判明。

ドルなら45ドルやと、ありえんぐらいボッてきた。

「はぁ? 高すぎるやろ? おろしてくれ!」

「ノー!! 無理無理無理! 45ドル! この値段のどこがいけないの!!」
と、駄々っ子ばりに発狂する。
今にも暴れだしそうなイキオイや。

やばい! 下手したら刺される。
しかし、ここでひいたら日本人の名折れ。ギリギリまで喰らいつく。


「いやいやいや、お前の連れが16ドルゆーてたで。」

すると、少し落ち着き、
「…40? …30?…」

だんだんと値段を下げてきた。

極力発狂させないように少しずつ少しずつ交渉し、結局20ドルまで下がった。
が、16ドルまでは下がらなかった。

その後、目的地までは沈黙が続く。

運転手は連れに電話したようで、
「お前のせいで安しなあかんくなったがな!!!」
みたいな感じでかなりキレまくってるし。

な~んかいやな雰囲気やなぁ~。

そうこうしてるうちにホテルに着いた。

すると、ホテルのフロントやろか?
若ハゲホストみたいな兄ちゃんが中から出てきて、
「今工事中でペンキ臭いから、別のホテルに移動してくれ」
と、別館・Travel mate Hanoi Hotel(Hai Nam)に移動させられた。

ええ~~!

まあでも、料金も一緒やしホットシャワーも暖房もあるからまあええかってことで宿泊。

「明日はバレンタインやからツアークルージングを彼女にプレゼントしろ、プレゼントしろ」
ってかなりしつこいのはシャクやが、それ以外何も問題はないし、洗濯物を預けて町へ出た。


しかし、雨は降ってくるわ、地面はぐしゃぐしゃやわで、観光も出来ぬままにとぼとぼしてたら集団のギャル男に捕まり、ベトナムやのに何故かハンバーグステーキを食わされる。

いや、ウマイ…けど。


結局その日はホテルに帰りビールを呑んで床についた。

久しぶりのベトナム。

スタートからこけた感が満載や。

明日はどうなることやら。

2012年3月31日土曜日

ここはバンコク カノサンロード

2月11日(土)
タイ出国前々夜。

ラストサタデーナイトに、AMIGOヤスハルとカオサンロードで1発酒でもやらかそかっちゅー話になった。

待ち合わせはもちろん夜。

金はないが時間だけは山ほどあるので、とりあえず近所の公園でのんびり過ごす。
公園遊びも4日目ともなれば、指定席まで出来る始末。
ベンチに腰掛け、旅行者や現地労働者たちを人間観察しながら、飽きたらウロウロ、疲れたら座り、ダレたら眠るを繰り返す。

ちゃおぷらやー川には秘密基地的な家もあれば、網を片手に漁をする奴もいて、まるで水上マーケットのよう。

きっと、タイ3大マーケットではなく4大マーケットというのがホントの答えなのだろう。
でなければ、タリンチャンにいけなかった日本人の生ける魂は浮かばれない。




しかし、よくよく考えたらこの辺りに待ち合わせ場所であるバーガーキングは存在しない。
1~2時間、散々歩き回ったかて、あるのはこんな小さな花ぐらいや。



「待ち合わせ場所ここにかえへん?」
って言ってみたところで、ヤスハルからしたら意味不明やろう。

―バーガーキング―

はてさて、どこでっしゃろかいな? 
と、ない頭をひねり潰して考えてみたところ、そういや昨日タニヤ行きのタクシーの中から見たような記憶が…

今にも消えてしまいそうな記憶を頼りに行ってみると、やっぱりあったバーガーキング!
そして、このバーガーキングに抜けるまでのストリートの人の多さったら、安宿・ホワイト近辺の非じゃないやんかぁ。

ここで2人は気づいた。

この通りが本当のカオサンロードなんやと。
ってことは、俺らがずっとカオサンや思ってた場所はただの路地裏?
ジャップとファックとポップな奴らが、集まって混ざり合って灰になっただけの掃き溜めロード?

なるほど。
これで、同宿の奴らが朝帰りしてくる理由がわかった。
みんなここでワイワイしとるんやがな。


空も暗くなり、バーガー屋の前で奴を待つ。
少し遅れてタクシーでやってきたヤスハル。

とりあえず食って呑んで食って呑んでしてから、ヤスハルおすすめのレゲエバーに向かった。

ざわめくカオサンとは真逆の、閑散とした薄暗い裏通り。

(こんな暗い通りに明るさむき出しのレゲエバーなんてホンマにあるんかいな?)

疑問に思いながら着いていく。

「あった。ここやわ」

OW!
確かに。

バーや。

ボブ・マーリーのポスターも1枚飾ってあるし、店員も汚いロンゲや。

せやけど…   

どっちかゆーたら…

レゲエっちゅーより…

ネイティブでアメリカンなアパッチバーやないのん?? アウッ! アワワワワ~~~~~!

まっ。細かいことは気にしない。とりあえずひさびさにジャックを呑み、(マイヤーズもレッドストライプも無いしね)タイでアメリカンな風に巻かれる。

その後の記憶は残っちゃいない。

後からやってきたヨーロピアンと共に踊ったことしか覚えちゃいない。

ただ、めちゃおもろかった感だけは残ってるね。
だいたいいつもそんな感じやね~~。

翌朝。
ひさびさ呑んだテネシーにパンチを喰らい完全K.O。

な~~んもする気が起きねえや。

また今日も1日のんびりと、ゆる~い1日を過ごそう。

カオサンのようでカオサンでない、ゆるく過ごせるこの通り一帯を、ゆるゆるマイフレンド叶さんの名前を文字り、”カノサンロード”と名づけよう。




2012年3月27日火曜日

イケず終い

2月10日(金)
タイに来て4日目。
毎日毎日、食っちゃ寝呑んでばっかしてるのもカラダに毒やということで、タリンチャン水上マーケットへ出かけることにした。

タイの水上マーケットでは、日常品やら土産やらがたくさん売られているらしい。

そして、タリンチャン水上マーケットは、観光客よりも現地に住むタイ人に人気があるというので、ここへ行くことに。


カオサンからだとラチャダムヌーンを越えて、バスに乗りゃ行けるみたいなので、まずはラチャダムヌーンを探すことにした。

が、正直ラチャダムヌーンが何なのか全くわからない。
とりあえずその辺を歩いているタイ人2人組に聞いてみる。

「ラチャダムヌーン!」

「え?」

「ラチャダムヌーン!」

「え?」

…まったく伝わらない。

するとタイ人こう言った。

「ユー スピーキン イングリッシュ?」

「おっ。 おーいぇーす!」


さすが観光地を歩くタイ人。
英語はお手のもんってか?

しかし、こちとら英語はノーサーベ(解らない)。

それでも中学・高校と6年も授業で習ったのだから、なんとか伝わるだろう。


「アイ ウォンツー ゴー ツー ラチャダムヌーン!」

「はあ?」

やっぱり伝わらない。

一瞬にして英語はやめた。

「ラチャダムヌーン! ラ~ チャ~ ダ~ムヌ~ン!」

「おー。アイドンノー」

「タリンチャン。タリンチャン。
タ~    リン  チャ~ン!」

すると、片方のタイ人が何か気づいたようで、2人で話し合いだした。
そして、
「オッケー」
というと、すぐにタクを拾い運転手に行き先を告げ、送り出してくれた。


「なんとか伝わったなあ。
にしても、ラチャダムヌーンて案外遠いんや?」

「いや、タイ人もメキシコ人同様歩くんが嫌いなんやろ?」

そう、呑気に話しながらタクシーに揺られ出したはいいものの、一向に止まる気配がない。

(は? もしかしたらこのままタリンチャンまで行く気?)

そうなればかなりボラれるであろうことは必須だが、
「金払ってコトが済むならもう何でもええわ」
と、半分投げ槍な気分で運に身を任せた。


結局30分ぐらい走ったやろか、今まで一言も発せず寡黙に運転を続けていた運ちゃんが、
「着いたよ」
とたった一言告げ、僕らを追い出すと早々に立ち去った。

そしてその瞬間僕らはおったまげた。

「あれ? ここって北新地?」


よく見るとそこには、見渡す限りのビル、ビル、ビル。

そして、日本語で書かれた寿司屋やら飯屋やら、スナックやらの看板が立ち並んでいる。

飛び交う日本語に、スーツに身を包んだジャパニーズサラリーマン達のせわしない早歩き。


こらもうどっから見てもタイやなく北新地や。


「あれ?
僕ら確かタイにおるハズ…やねん…けど」


別になんか悪いモン吸ったり打ったり、悪酒に酔って幻覚見てるワケでもないのに。

あれ?
あれれれれれ?

もしかしてあのタクシー、噂のタートル号?

名前こそカメなものの、宇宙最速を誇る銀河海賊コブラさんのラブシップ・タートル号?


タイの暑さと突如あらわれた北新地な光景に頭はパニック。

そのままワケもわからず突っ立てると、通りの向こう端で若いタイ人の姉ちゃんを連れて歩く、中年日本人男性の姿が目に映った。

そして気づいた。
確かにここはタイやと。

ということは、タリンチャンである可能性はある。

あきらかに水上マーケット的な要素は見当たらないが、何が起こるかわからないのが旅であり、タイである(多分)。


わざわざ海外に来てまで、自分から日本人に声をかけるのはあまりすすまないが、仕方なくサラリーマン2人組に声をかける。

「す、す、すいません」

「はい?」

「ここってタリンチャンですよね?」

「え? タリンチャン?
いや、タニヤですよ」

「え?  タニヤ?
全然ちゃうやん!
タ~しかおーてへんやん!!」

思わず見ず知らずのリーマンに突っ込みを入れる。


話を聞くとここタニヤは、日本人ビジネスマンが在住するオフィス街であり、また日本人観光客向けの繁華街でもあるらしく、
「バンコクで日本人がタクシー乗ったら、だいたい此処に連れてこられるよ」
だそうだ。


つまり、ラチャダムヌーンは全く伝わっておらず、タリンチャンの発音の悪さからタニヤと伝わったワケや。


こんなコンクリートジャングル。
いけどもいけども、レディスマーケットはあっても水上マーケットなどないっつ~話。


タイ人のテキトーさにしてやられた2人は結局、電車とバスを乗り継いでカオサンへと帰ってきてしまった。


なんかもう力が抜けた。
僕らは残り短いタイ時間のすべてを、このカオサンに注ぐコトにし、いつものように眠くなるまでベンチに腰掛け怠惰に過ごした。

(部屋におるアリ達は、きっとこの公園からやって来てるんやろなぁ…)
なんてことを思いながら。

2012年2月24日金曜日

常識道をほろほろと…

とうとう31歳になっちまった。
なので、お下品旅日記を一時中断して、たまには真面目な心境日記を書こうと思う。


31歳。
三十路という言葉では言い表せなくなった、変に照れ臭い歳。

この歳になって気づいたことがいくつかある。


まず初めに、僕は坂本龍馬ではないということだ。

物心ついた頃から背中に一本真っ白な毛が生えてるので、
「僕はもしかしたら坂本龍馬なんちゃうかな?」
と思っていたのだが、坂本龍馬が土佐の人間だったと知り、関西弁を話す僕は坂本龍馬じゃないってことに気づいたきに!


次に、昔オトンから聞かされていた、
「鼻くそは脳みそのカスやから、勉強すればするほど鼻くそは沢山出てくるんやど」
っていう鼻くそ=脳みそのカス説が、どうやら世間一般のソレとは違うんだということに気づいた。

しかし、鼻くその正体が何なのかは、いまだ解明されていない。


そして最後に、これがもっとも重要なことなのだが、31歳になってサーティワンアイスクリームに行っても、何の特典もついてこないらしい。

これはもう甘党にとっては由々しき事態だが、塩辛党の僕にとってはそんなことどうだってよく、ただただベトナム人女性が彼氏の前で堂々と、鼻に指突っ込んでイジイジしているときの神経を疑ってしまっているだけの話。

アオザイ姿のベトナム人女性のセクシーさと、鼻をイジイジするベトナム人女性のダーティーさとのギャップにドキッとするだけの話だ。


いや、しかし、ホンマに今まで真面目にかたく生きてきた。

親から敷かれたレールの上を、疑うことなく進んで来た。


なぜならオトンは言った。

「体洗ったらカラダがしょっぱくなくなるから、あんまり風呂に入んな」
と。


そしてオカンは言った。

「あんたの好きにしたらええ」
と。


だから僕は、風呂にどっぷり浸かるのではなく、烏の行水を選んだ。

僕という人間は、ホントはそれぐらい真面目なのだ。


だから、ずっと真面目に、自由という名のレールの上を言われるがままに走ってきたのだ。


しかし、地球が巨大なフンコロガシに回されてるだけの巨大な糞の塊ではなく、自転を行い続ける希望の固まりだと知った以上は、僕も自分自身で回り始めないとイケナイ。


だから、これからは違う道を選ぼうと思う。

これからは自由レールを脱線し、常識っつー名のガタゴト道をほろほろとろとろ歩いてゆこうと。


なんせ僕も、もうサーティワンだから。

一般的にいえば、バカなことばっか言ってられない歳らしいきに~。


ってことで、あと5年ぐらいはテキトーに暮らせるやろう。

2012年2月18日土曜日

白人共の溜まり場にて黄色人種はウォッカにて沈没!

タイ初めての朝は、美しい鳥のさえずりや、愛しい恋人のささやきではなく、おっさんのえづく音で目覚めた。

朝もはよからオエオエと、何度も何度もえづく音。

きっと洗面所で歯ブラシ片手に舌をみがいてるんやろう。

あれはなかなか癖になる。

えづくと分かっていてもやめられない舌みがき。

朝からおっさんのハーモニーが聴けるなんて、なかなか爽やかな目覚めや。


部屋を出て宿を探索する。
が、ガイドブック的な物は一切見当たらない。
その代わりにヘタクソな地図が一枚貼ってあった。

携帯で写真を撮り、3日前に買っていたカスカスのパンをつまんだ後、宿を出ることにした。


リビングにいた日本人2人に一言挨拶を告げる。

一切会話はしてないが、一応日本人のよしみ。
あいさつは礼儀ってなもんや。

「じゃあ、行きます。さよなら」

「えっ! もう行くの? 今朝来たんじゃないの?」

「いや、昨日夜遅くにきたんですよ」

「そうなんだ。どこ行くの?」

「えっと…チャオプラヤー川に」

「チャオプラヤー川って、またおおざっぱだね。
すぐそこにもチャオプラヤー走ってるよ。王宮の方?」

「いや、よく分からないんです。
ガイドブック無いし。ただ友達に聞いたら川行ったら?ってなったんで」

「よし。ちょっと待ってて!」


そのオジサンは一緒にいてた若い兄ちゃんと、王宮行きのバスの乗車法について、話し始めた。

するとそこに、また新たなハポネスが現れた。
そして、ことの成り行きを聞いたハポネスはこう言った。

「だったら僕いまからチャイナタウン行くから、途中まで一緒について行ってあげるよ」


ラッキー!

しょうみ助かった。
なんせわからんことだらけやし。

きっと2人だけやったら、上手くはいってなかったやろう。


宿から、アラブ系のモデル達が住みついているという貧民街を抜けバスターミナルへ。

チャイナタウン行きがちょうど発とうとしてたので、急ぎ足で飛び乗った。

バスに揺られる20〜30分ほどの間、彼の話す会話の8割は風俗に関することだった。

少年のように目を輝かせ話す彼を見ると、よっぽど風俗が好きだと見える。

僕が昔、風俗出版社に勤めていたことは一切口には出さなかった。
きっと口に出すと大変なことになると思ったから…

だから終始うなずいてばかりいたのである。

バスを降りてからも、延々風俗の話を続ける彼とお別れを告げ、軽く飯食ってから53番バスに乗ってカオサンへと向かった。

バス代は1人6.5バーツ(約16円)
安い!

そんな安い値段にもかかわらず、バスの料金回収のおばちゃんは、
「ここがカオサンよ」
と、親切にも教えてれたおかげで、無事カオサンに到着した。


宿探しもしなきゃいけないが、とりあえず暑いのでビールを購入。
公園のベンチに腰掛け呑もうとしたが、警察っぽいのに怒られたので、道路マップの立て看板の後ろに隠れながらこそこそ流しこんだ。


ビールが無けりゃこっちのもん。
生ぬるい風を切りながら、堂々と道をあるく。

すると左手に橋を発見!
橋の中央にはゲートがあり、タイ語で何やら書かれている。

$°○×=々^〜

はは~ん。
きっと、
カオサンロードへようこそ!
って書いているに違いない!


橋を渡ると、民家に入り混じり数軒の安宿が建っていた。
しかし、観光地のわりにはかなりさびれている。

それでも、日常生活を送るタイ人に混ざり、白人たちがポツポツ歩いていた。

割合でいえば、フィフティーフィフティーや。

不思議と日本人らしき影は一切見当たらない。

まあ、そんなことはさて置き宿探し。
まず最初に目についたのが韓国人宿。
宿の外で韓国の人がタバコプカプカしていた。

ヤンキーぽい若い奴らの溜まり場と化していたのでパス。

も一つ奥のタイ人のおばちゃんが経営する宿に行く。

シャワー&トイレ共同で、一部屋250バーツ(625円)。

安い!
が、少々高くてもシャワー&トイレは付いてる方がいい。
なぜなら下痢のとき助かるからだ。

しかし、ここにはシャワー付きはないという。

すると、
「シャワー付きの宿紹介したるよ」
と、おばちゃんに連れられ別の宿へ。


たどり着いたのは、安宿「WHITE」。

シャワー&トイレ付きで250バーツ。
部屋も割りかし綺麗やしここに決めた。


しかし、気になるのがこのホワイトという名前。

別に白人が経営しているワケではない。
白人が経営していたならば、せめて名前はホワイトハウスやろう。

オーナー不在時には、隣近所のおばちゃんが勝手に部屋に案内してくれ、ルームキーまで渡してくれるという、ばっちりタイ形式な宿。

やのに、この白人たちが上客になっているゾーンで、宿の名前が白て!
白人泊りにくんの?

あきらかに白人共に喧嘩売ってるとしか思えない。

黒人に向かって、
「おいクロ!」
って言ってるようなもんやろう。

マイクタイソンにやられちまうよ。

と、黄色アジアンボーイは思うのだが、不思議と僕らが泊まった部屋が最後の一部屋だったらしく、宿は満室に。

「僕ら以外の宿泊客は一体何人や?」
という疑問はよそに、とりあえず暑いのでビールを呑むことにした。


とにかくバンコクは暑い!
この暑さから来る脱力感は何とも言えない。

宿を出てすぐの飯屋でビールと飯食って、歩いて五分の近所の公園に腰掛ける。
チャオプラヤー川の泥臭い水で歯を磨くおばちゃんや、支流で魚を捕まえるおじちゃん。

この汚い川の魚を食べてたんや!
と、思うと吐かずにはいられないが、吐くのさえしんどく思える脱力感。

現地人ですら地べたで寝ているというのに、よそもんが何をうろちょろうろちょろ出来るだろうか?
ごうにしいては何とやら。
携帯を持ち上げることすら面倒で、地に置いた携帯電話に耳を当て、寝ながら会話するおばちゃんを見習い、僕らは怠惰に食っちゃ寝呑んで、食っちゃ寝呑んでを繰り返した。


気がつけば夜22時。
腹も減ったし町に繰り出したが、どこもかしこも閉まっている。
観光地とは思えないさびれかただ。

ようやく見つけた麺屋でズルズル麺をすする。

帰りにコンビニに寄ったが、夜はビールの販売は出来ないってことで残念顔で帰る。

帰宿し、昼間その辺の店で買ってあったタイウォッカをあおるが、あまりの不味さと蒸し暑さにやられて一瞬で沈んだ。

よくよく考えたらウォッカなんて酒、暑い国で呑む酒やないんや。



深夜4時すぎ、人の話し声で目が覚めた。
よく聞けば英語や。

ああ、やはりこの宿には僕ら以外には白人しか泊まっていないのだ。


Whiteという名のブラックユーモアでオルガズムに達した白人共は、こんなさびれた観光地の一体どこで夜を明かしていたのだろうか?

どうでもいいから静かにしてくれ。

頭が破裂しそうや。


怠惰に暮らす黄色人種は、白人共の溜まり場にてウォッカにて沈没。

そしてもうすぐ太陽が昇る。

迎え酒はもちろんビール。
腹下し覚悟で氷を入れよう。